23 décembre 2020


糸井重里さんが「ほぼ日」の中で
清潔なおじさんと不潔なおじさんについて
面白いことを書いていました。

「かっこいいおじさんは、いない」
という加賀史健さんのエッセイの話から
始まるんだけど、
少年の頃おじさんの口臭に衝撃を受けた著者が
おじさんになった今はにおいの強い物を食べて
マスクの中の自分の息に辟易するという話に絡めて
こう書いていました。


「なにかの偶然や奇跡が作用して、
どこかでだれか素敵な人とちゅーをする可能性が、
絶対にないわけじゃない」と思ってるおじさんと、
「それはない」として生きているおじさんに分ける。


糸井さんは続けて、これはおじさんに限らず
おばさんにも若い人にも言えると書いていて
清潔と不潔の差はそこか、と笑ってしまいました。
でも的を射てると思うわ。

確かに、年齢性別に関わらず
ちゅーをあり得ないものと想定しているタイプは
清潔感が足りないかもね。
実際に歯を磨いてるとかお風呂に入ってるとか
そういうのとは違うところの問題ね。

まったく別の話ですが、
この前「品」とは何かという話になりました。
教養とか服装とか所作とか話し方とか
色んな要素があると思うけど、
清潔感というのも大事な要素のひとつですね。

さっきの話にも繋がるけど
品のある人は上等な下着を身につけている
というイメージがあります。
肩紐のゴムがよれよれになったブラなんか
絶対に着けない感じね。

逆に、きれいに洗濯してあっても
よれよれの下着は不潔っぽいし
品のない印象になるよね。
誰にも見られないんだからいいかって
手を抜いている感じで。

そういうのって、
実際に色っぽい状況になるかどうかではなくて
見えない部分に気を遣ってることが
感じられるかどうかの問題だと思います。
きちんと感が伝わるかどうか。
だから色気とはまた違う部分の話。

因みに色気のある人は男女を問わず魅力的ですが
過剰だと不潔な印象になります。
ギラギラした人はイヤよね。笑

おばさんだって清潔感のある色気は欲しい。
でも、これは余程心してかからないと難しいね。
つまりは清潔も色気も
緊張感の問題なのかもしれないね。

                        
大人の色気は知性の中にある気がする。
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