28 mai 2020


文化が必要という話の続きですが、
ドイツの首相がロックダウン直後に
「アーティストは我々の生命維持に必要」
と真っ先に支援を約束するのを聞いて
成熟した国だなぁと羨ましく思いました。

音楽にしろ演劇にしろ美術にしろ
それって大いなる無駄なんですね。
特に年単位で経済的打撃を被るであろう時には。
でもその無駄が国民にとって必要不可欠で
生命維持に必要とさえ言ってしまう。

芸術というエッセンスがなければ
社会は無味乾燥なものになり
人々の心や体に栄養が行き渡らない。
だから生命維持に必要というわけでしょ。
日本はその点遥かに遅れています。

私もアートをライフワークにしていますが
もうさ、私なんて無駄の塊よ。
無駄が服着て歩いてるようなものです。
アートでお腹いっぱいにはならないし
生産性はゼロですからね。

でも好きだから、楽しいからやっている。
そして目に触れるところにアートがあると
魂が喜ぶから絵やオブジェを飾ります。
食費を削ってでも絵を買うことがある。

墨絵や書の大先生である内山雨海先生は
「誰かの家を訪ねたとき、
玄関に書の1つも飾っていないとがっかりする」
と仰ったそうですが、私もそう思います。

海外ではどこの家にでも絵が飾ってあります。
アートはあって当たり前のもの。
生活の一部なんですね。

残念ながら日本でそうならないのは
教育の中で芸術が隅に追いやられてきたから。
戦後ずっと経済だけを追求し
無駄なく前進することを良しとしてきたから。
これは国の責任ですね。 

で、もし飾るなら名画の複製なんかじゃなく
ぜひ無名の作家の肉筆を選んで欲しい。
小品であっても肉筆には命があって
そのエネルギーが大事です。
複製はドライフラワーと同じで命がない。

そんなわけで、
人生に無駄を取り入れましょう。
気に入ったアートがあったら
ご飯を食べるのを我慢してでも買うのだよ。笑
そういう人であってほしいな。



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