23 janvier 2018


人格形成に最も影響を与えるのは母親です。
どういう母親にどう育てられたかで
その人の一生が決まるといっても
過言ではありません。

そりゃそうですよね。
子供が一番長く過ごすのはお母さんで
お母さんの考え方や感性が
そのまま子供に投影される。

母親は自分の理想を子供に刷り込むために
繰り返し繰り返し同じことを言います。
また無意識に何度も口にしていることが
子供にネガティブな刷り込みを与えることもある。

母親は完璧ではありませんから
知らないうちに子供を傷つけることもあります。
でも子供にとって母親の存在は巨大ですから
傷ついても傷ついても母親に着いていきます。
私もそういうことしちゃったと思うわ。

セラピストが言うには
悩みの殆どの原因は直接的にも間接的にも
実はここあることが多いそうです。

でも母親もまたその母親の影響を受けていて
それは延々遡るものなので
これは言っても仕方のないことともいえる。

私自身、大いに思い当たることがあります。
良くも悪くも母の影響を受けている。

子供の頃に散々言われたのは
「教養を磨け」「品性が大切」というようなこと。
本人は大した教養も品性もなかったのにねえ。
教育ママで何かとうるさかったけど
お陰で勉強が好きになりました。

大きくなってからよく聞いた言葉は
「お金はいっぱい稼いでいっぱい使うもの」
お金を回すことは経済に貢献するけど
私が貯金できないのはそのせいよ。笑

私がある時期まで女性性を閉じ込めていたのは
母の中に女を見るのを嫌悪していたからです。
それは私の潜在意識の中にあったことで
気づいたのは母が亡くなってからでした。

分析すればこんな風に
誰の中にも母親の影響はあるのです。
でも、だからといってどうってことはない
と私は思っています。

なぜなら人はいつでもその気になれば
変わることができるからです。
イメージはいつでも書き換えられるから。

第一、いい大人になって
自分が何かをできないことを
親のせいにするなんて情けないもんね。

今どんな立場にいようと
母親からどんな影響を受けていようと
それはこの先に続く未来とは全然関係ない。

大切なのは今からどう生きるかです。
自分の無限の可能性を信じ
人生の主役として力強く未来を選択することが
満足のいく人生を送る秘訣なんじゃないかな。




この記事へのコメント

1. Posted by なみ   23 January 2018 13:26
5 いつも楽しみに拝見しています。

今日の記事、今の私にドンピシャな記事でした。今、娘に反旗を翻され、年末から音信不通。挫折した娘に私の一言が突き刺さり、怒って帰ってこなくなりました。(娘は程よい距離で一人暮らし)

あれだけ自立してほしいと願い、何かきっかけがあればと思っていたのに、いざその時が来たら後悔だらけで情けない母になりました(笑)
娘はお友達とのトラブルから高校最後は不登校、短大を中退し、戻ってからアルバイトをしながらまた一人暮らしを始め半年になります。

いつかまた、笑って話しができる日が来るだろう、お互い少し丸くなって会える日が来るだろう、その日までぐっと堪えて手を出す口を出すのはやめようと、その決断が正しいかどうかまだ迷い中です。

私の性格を受け継いでいても…いつでも変われると早く気が付いて欲しいな。
とにもかくにも健康で毎日過ごしてくれたらそれでよし。母も変わらなければいけませんね。

いつも楽しい記事をありがとうございます。
2. Posted by Yurico   23 January 2018 15:34
なみさん、いつも読んでくださりありがとうございます。

母と娘の関係って難しいですね。私も小うるさい母親だったので、うちの娘たちも大いに反発して早くに家を出て行ってしまいました。長女は未だに私を嫌っていて、近くに住んでいるのにまったく寄り付きません。でも自立してくれているのはある意味楽で私も自由気ままに暮らしていられます。

次女は高校生の頃から不登校、リストカット、自殺未遂など色々と大変でした。私の存在も全否定されてガーン!と落ち込みましたが、お陰で私も鍛えられました。30過ぎても相変わらず激しい子ですが、力強さはあるので心配はしていないのです。

一番問題なのは母娘の共依存です。それに比べたら多少の問題があっても自立しているのはありがたいこと。なみさんが言う通り、健康で毎日過ごしてくれたらそれでよし、だと思います。
3. Posted by なみ   23 January 2018 18:14
力強さかぁ…

私も共依存は本当に怖いと思います。娘はまだ19なので突然訪れた自立(かどうかはわからないけれど…)にまだ戸惑っているばかりだけど、家族にも最近の親子は連絡取り過ぎなんだ、意地張りたいだけ張らせてやれと言われました。たしかにスマホもパソコンもない私の娘時代、下宿しているときは電話代のことも考えてひと月に一度実家に連絡するかしないかの世界でした。娘も激しい性格で、自分でも私は0か100の人間だとよく言っていました。一人暮らしを始めてしばらくは洗剤1つ持ってきてくれと依存していました。だから理由はどうであれ、そんなことを言わなくなって家賃も車のローンも全部自分でまかない出したので大したものだと賞賛してやるべきなのかもしれません。

家から出ないと自立できないと思います。心配は尽きないけれど、しばらくじっと見守ってみようと腹をくくります。

yurikoさんの長女さん、きっと心から嫌ってるのではないのではと…素敵なお母さんだといつかわかる日がくると思います。
4. Posted by Yurico   23 January 2018 20:33
うちの娘たちも20歳前にはいなくなっていました。本当に、家から出ないと自立はできないですね。ある年齢になったら皆実家を出るべきだと思います。知人の中には40過ぎても実家暮らしという人がいますが、その場合は大抵母娘共依存。そうなると娘は結婚しなくなる傾向にありますが、親はいつまでも生きているわけじゃないですからね。他人事ながら心配になってしまいます。

子供って親が思うよりずっと大人ですから大丈夫。親はただ見守っていればいいのだと思います。それしかできないしね♪
5. Posted by クリス・マス子   24 January 2018 17:10
5 こんにちは
今回の記事はとても興味深い内容だったのでコメントを投稿させて頂きます。

ゆりこさんのブログの文面を読んでいると、真面目でストイックな優等生なんだな と思うこと多々あります。
きっとお母様のご希望どうりとはいえ相当勉学や他のことに励まれたことでしょう。非常に感心させられます(*゚Д゚艸)
私はそんなゆりこさんとは真反対な不真面目で反抗的な子供でしたので、今回の記事に飛びついてしまったのです。

私は 幼い時から母と折り合いを付けられず今まで生きてきました。
だから、ゆりこさんは過去記事で「お母さんが亡くなってから、お母さんが嫌いなことに気づいた」(内容間違ってたらごめんなさい🙏)ということを書かれていらしたので
どうやって自身のお母様との折り合いを付けたのか、どうやって自身の女性性を解放したのか是非参考にさせて頂きたくご質問致します。
よければお返事下さい
6. Posted by Yurico   24 January 2018 18:09
クリス・マス子さん、こんにちは。
そうそう、母が亡くなってから気付いたんです。母が嫌いだったって。自分の家みたいに振る舞う母の恋人も、嬉しそうにしている母も本当は嫌だった。でも我慢していたわけです。何しろ私は物わかりのいい優等生でしたから、頑張っている母に理解を示さなければならなかったわけです。

それは殆ど無意識にしていたことだったのね。だから自分が我慢していることにも気付いていなかったんです。だって母とは普通に仲が良くしていたから。それが、母が亡くなった後に吹き出したのですが、きっかけは友だちでした。その友だちもほぼ同じ時期にお母さんを交通事故で亡くしたのですが、その嘆き悲しみ方がハンパじゃなかった。共依存の母娘だったこともありますが、お母さんを亡くして魂が抜けてしまったようでした。彼女には夫も2人の娘もいるのに。その感覚が私にはまったく理解できなくて、何か気持悪さみたいなものを感じていたんです。

彼女はあんなに悲しみにくれているのに、何故私はあんな風にならないんだろうと思ったときに、突然「あ、私母が嫌いだったんだ」と気付いたんです。正確にいえば母の女の部分が嫌いだった。そうしたら、スルスルと自分が女性性を閉じ込めていた理由がわかって、わかったと同時に自然と解放されちゃったというわけ。

つまりですね、私は何もしていません。自然とそうなった。押さえつけていた感情に気付いたら自然と解けました。私と長女も相当折り合いが悪いですよ。いつか時間が経って(もしかしたら私が死んだ後に)彼女の中の何かが解ければそれでいいと思っています。親子だからって必ずしも気が合うわけじゃないですから、罪悪感を感じる必要はないと思いますよ^^

あー。書ききれなかったことは今度ブログに書きます!

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