23 décembre 2017


世の中には色んなSNSがあるけど
私が使っているのはフェイスブックだけ。
インスタもツイッターも
アカウントは持ってるけど使っていなくて
フェイスブックもほぼ見るだけ。
自分で投稿することはあまりないです。

特に理由はないんだけど、
敢えてそこで発信したいことがないってことかな。
私が伝えたいことはブログに書いているし
フェイスブックは場所が違う気がするし
インスタに投稿するほど写真を気にしないし。

そう言いながらもどこかで食事をすると
出てきたものをまず写真に撮る。
その画像を使うことはないのに習慣で撮る。
後で見ても大して感動もしないのに
とりあえず撮る。

ずっと前からそういうのに違和感があったのにね。
例えば子どもの運動会のとき。
走っている姿を生で見たいのに
シャッターチャンスを逃すまいと
カメラのファインダー越しに見ていた。
おゆうぎ会の時でも何でも
いつもカメラ越しにそれを見ていた。

リアルな感動をその場で味わうことが
一番大切なことのはずなのに
写真を残さなくちゃという強迫観念に駆られて
いつもカメラを構えていたよね。

ファインダー超しでは臨場感に欠けます。
後でいくら写真を見てもその場の感動は蘇らない。
その一瞬にしか味わえないものが薄まってしまう。
それでも写真を撮り続けていました。
その写真をね、娘たちは大して気にしてないの。
親の自己満足だったのね、結局。

今は一眼レフがスマホに取って代わったけど
同じことをしているなぁと思う。
美味しそうな食事が目の前に運ばれてきても
その雰囲気も間も楽しむことなくいきなり写真。 
お料理が運ばれて来る度に写真。
それって、なんか変だよね。やっちゃうけど。

お店もそんなお客さんに迎合して
インスタ映えを意識したメニュ—を構成。
それをウリ文句にするなど、そりゃ大変です。
みんなが "今" をないがしろにしているから
世の中がどんどん落ち着きなくなる。

本当に大事なのは "今を味わう" ことです。
そんなことわかっているのにやってたな。
なのでせめてこれからは
レストランで写真を撮るのはやめよう。
そう思いました。

情報の出し入れを遮断することは
"頭の断食" だって。
ナルホド、そうかもしれない。

どうでもいい情報で頭をパンパンにしていたら
大事なものとそうでないものが一緒くたになって
何が価値あるものなのかわからなくなります。
時には頭の断食が必要なのかもね。

                                                    
大切なのは "今" だから。
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