avril 2018

20 avril 2018


なんだかんだ言いながら、
今朝もハニーから「これを日本語にして」と
長いビジネスメールが届き、
私はホイホイとやってあげているわけです。

「ええい、もう捨ててやるー!」と
溜まってた自分の気持ちを吐き出すと
それだけで意外と気が済んじゃうものです。
更に、朝から電話で話したりしたもんだから
すっかり機嫌が直っている自分がいます。

ああ、単純。
なんて単純なのかしら。。。
でも、この単純さが私のシアワセ体質の
最大の秘訣でもあるのよね。

なんたって、英語、フランス語、日本語が
入り混じったこの会話はたまらんのよ。
私、語学が好きだからさ。
やはりフランス語には魔力があって
「ジュ・テーム」には弱い。

そして決まり文句ではあるのだが
電話を切る時に必ず "Love you!" と言われるのが
なんとも気持ちいい。
そう、気持ちいいのよ。

これ自体が私の好きな世界ですからね、
ハニーはその点有利だわね。
だって、もしハニーみたいな日本人だったら
絶対に、絶対につきあってないもん。
やだよ、あんなワガママな日本人は。笑

思うに、"絶対にわからないであろう違い"
というのがいいんだわね。
「ガイジンだから感覚が違うのは当たり前」
「日本人独特の感性だから伝わらなくて当然」
そんな風に思えるから許せる部分は大きい。

文化の違う人を全部理解するなんて
端からムリと思ってるから
全部わかろうとする必要もない。
わかってくれなくても仕方がないと思える。
「わかる部分だけで付き合う」という
肩に力の入らない状態がいいんだわ。

これが日本人だったら
「いわずもがな」とか「推して知るべし」とか
何かと面倒ですよね。
同じ感覚を持ち合わせているんだから
わかって当然と思っちゃうもんね。

でも本当は、日本人同士だって
自分以外の人のことなんて理解できるわけない。
自分のことだってわからないんだから。
そこを勘違いすると
余計な心配をすることになるよね。

私の場合「どうせわからない」人が相手だから
その点はとっても楽なのよ。



19 avril 2018


マズい。。。
急激に魔法が解けかけているみたい。
夜中に彼の欠点を数えながら目覚めるなんて 
これは相当マズい状況だわ。

いえね、
ハニーが身勝手なのは最初からなんだけど
このところそれを感じることが多くて
いくら与えることが好きな私でも
流石に嫌だなぁと思うの。

今まで「いいよ、いいよ」と許していたのは
私の中に愛があふれていたからですが、
そう思えなくなっているということは
気持ちが冷めてきたのかもしれない。

私は愛も労力も出し惜しみしていませんが
彼に与えるのは砂漠に水を遣るようなもので
水をかけてもかけてもすぐに染み込んで
いつでも欲するばかりなのです。

それでも彼が欲しいものは
ほぼ満たしていると思う。
でもリターンはゼロなのよね。
この関係、バランスが悪過ぎると思うわ。

いくらなんでも
10与えたら1か2は返って来ないと
エネルギーが吸い取られる感じがする。
大事にされてる感じがしないもの。

少し前まではそんな風に思ってなかったのに
「どんどん私から持っていってー」
というくらいに余裕があったのに
自家発電する愛の量が減っているみたい。

私はこう見えても相当忍耐強くて
許容範囲もかなり広いと思うのですが、
その分、忍耐が切れると一気に来るのかもねえ。

これが夫婦だったらさ、
しょうがないなぁと諦めもつくし
自分の気持ちをキープする努力だってするけど
私たち夫婦じゃないし、
この状況下で我慢する理由がないしね。

私は文句を言うのが苦手なんです。
こんな風に口に出さず不満を溜めていったのが
結婚生活が破綻するそもそもの原因だったんだ。
なんか、いつか来た道だわ。。。

どうしようかな。
文句言おうかなぁ。
それとも自然消滅を待つかなぁ。



18 avril 2018

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近所の園芸店の店内で
イヌとネコの里親探しをしていました。
そんなの見たら気になるじゃないね。

私は動物が大好きですから
本当はイヌだってネコだって欲しい。
でも動物を飼えば喜びと引き換えに
自由を奪われることも知っています。
 
特にわんこはお散歩が必要だから
帰りが遅くなるだけでも気にかかる。
「待ってるかな」と思うと気が気じゃなくて
夜の外出も憚られます。

やっぱりダメだよ。
動物はもう飼わないと決めてるんだ。

でも目の前にいるとやっぱり
メチャクチャ可愛くて欲しくなっちゃう。
その場には柴犬とトイプーが繋がれていて、
ネコは雑種のオス・メスが1匹ずつ
ケージの中に入っていました。

メスのネコはハイエナみたいな柄の痩せっぽち。
オスはメスの倍くらいの大きさの茶トラで
どちらも1歳くらいの子たちです。

猪熊弦一郎の展覧会に行ってからというもの
私はネコが描きたくて仕方ないのです。
身近にネコがいたらあんな風に描けるかな、
とか思ったりして。
でも1日中お留守番は可哀そうだね。

「オスとメスではどっちが飼いやすいのかなぁ」
と聞いたら、オスの方が概しておとなしいって。
やっぱりそうなんだ。
娘の家のネコも女子だから気が強いもんね。
いつか咬まれて酷い目に遭ったし。

大昔、お隣さんが飼っていた女子ネコも
気が強い上に嫉妬深くて、
うちで子猫をもらってきて可愛がっていたら
やきもちを焼いて殺しちゃったの。涙
メスはそういうところがちょっと怖い。
子殺しもするし、野性味が強いんですね。

そんな話をしながら暫くネコを見ていたけど
1人暮らしでは里親になれないと聞いて
諦めがつきました。
あー、よかった!(やせ我慢)

でも帰り道は、お散歩中のイヌすべてに
声を掛けてしまったよ。
ちょうど黒ラブもいたから
アレックスを思い出して散々可愛がっちゃった。

やっぱり
よその子たちで我慢するしかないかな。。。


                                                  
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17 avril 2018


フランス人なら誰でも知っている
"ア・ラ・クレール・フォンテーヌ"
(清らかな泉で)という民謡があります。

幼稚園や小学校で習うらしいんだけど
小さい子が歌うにしてはおませな失恋の歌。 
曲は単調ですが5番まであって、サビの
「ずっと君を愛していた。決して忘れない」
というフレーズが繰り返されて耳に残ります。 

友だちが「意味を教えて」と電話してきて
この歌のことを知ったのですが、
これを幼稚園児に教えるところが流石フランス。
文化の違いを感じますね。 

ハニーに聞いたら
「誰でも知ってる古い歌だよ」と言ってた。
こんな情緒的な歌を歌っていたくせに
ハニーの感性はどこへ行ったのでしょう。 

情緒というのは簡単にいえば
美しいものを美しいと感じる心です。
何を美しいと感じるかはそれぞれですが
いずれにしても五感が刺激されて感じるもの。

私は完全な視覚人間ですから
目に映るものに最も反応しますが
ハニーはそういうのはどうでもいいみたい。
だから私がお洒落しても髪を切っても
全然気にしてくれません。
まったく張り合いのない人です。

でもたった1度だけ
彼が情緒的なことを言ったことがあって
それは、音だったんですね。
外を歩いているとき「この音、好き」って言われて
「え?」って聞き返したら
「枯れ葉が落ちる音」って。

驚いた。
その音は私の耳には入らない音でした。

ハニーは聴覚優位の人なんだね。
でも、いつも身近に音楽があるわけでもないし
むしろ音がない状態が好きみたい。
それなのに枯葉が枝から離れたときの
かすかな音に反応するなんて
すごくヨーロッパ的だと思いました。

そういえば、聴覚のタイプか視覚のタイプか
チェックする簡単な方法があるんです。
「先週の日曜日の朝食は何だった?」などと
過去のことを聞かれて思い出そうとするとき

瞳が上を向く人は視覚型。
横や下を向く人は聴覚型。

私はもちろん上を向いちゃいます。
多分絵を思い浮かべようとしてるんだと思う。
聴覚の人はどうやって思い出すんだろう。
後でハニーに聞いてみよう。

"ア・ラ・クレール・フォンテーヌ" 
の主人公は男の子で
女の子が欲しがっていたバラの花束を
贈らなかったために失恋します。

そして思うのです。
バラの木に花が咲いてほしい、
もういちど僕を愛してほしいって。

猫の絵の猪熊弦一郎は
「愛しているところに美がある」と言いました。
愛しているところには美も情緒もあるのです。
結局は愛がないと美しいものがわからない
ということなのでしょうね。




16 avril 2018

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友だちの家のお庭が素敵だったので
刺激を受けて園芸店をのぞきに行きました。
今の時期は色々な種類の花が売られていて
お店はとっても賑やかです。

ベランダは狭くて
そんなに幾つも鉢を置くことができないので
前の家から連れてきたのは
フウチソウとギボウシとシノブだけ。
この3つは私の永遠のテーマなんです。
葉の美しい植物が好きでね。

その子たちをベースにラベンダーや
季節の一年草で色を添えるのですが、
なんとなく紫系の花を選んじゃうだな、これが。
今日は可愛らしいタイムがあったので
嬉しくなって買ってきました。
上手に育てれば毎年咲くね。

あと、白が入ると締まるのでペチュニアを。
あんまり好きな花ではないけど
蕾がいっぱい付いているから
当分は咲いてくれそうです。

前の庭に比べると広さは雲泥の差ですが
ベランダは距離が近い分
いつも目に入るし水やりも楽ちん。
身近に植物は必要よね。

花が増えて素敵になったベランダですが
ハニーの右脳を少しは刺激するかしら。
これがダーリンだったら
真っ先に気づいて何か言うんだけどな。。。

ハニーはサクラが満開のときも
いくら私が「きれいだよ」と言っても
タブレットばかり見ていて顔も上げない。

それでもしつこく「見てごらんよ」と言ったら
チラっと見ただけで「きれいだね」と
社交辞令みたいに言うだけなんだ。
ホントに右脳度ゼロなんだなぁ。

あんなにいつも液晶画面ばかり見てたら
ストレスが溜まると思うのよねえ。
実際、彼は頭痛持ちです。

頭が痛いと言う度に
私は頭のマッサージをしてあげるけど、
本当は土いじりをするとか
自然の中を散歩する時間が必要だと思うの。
海の目の前に住んでるんだから
砂浜を歩けばいいのにねえ。。

あの左脳ガチガチ人間の右脳を
何とかして動かしたいと思うのですが
なかなか一筋縄ではいかないねえ。



15 avril 2018

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現在、渋谷のBunkamuraで開催されている
「猪熊弦一郎展 猫たち」。
ネコ好きもそうでない人も必見の
素晴らしい展覧会です。

「いちどに1ダースの猫を飼っていた」
というほど無類のネコ好きだった猪熊弦一郎ですが
彼の描くネコは実にさまざまで驚かされます。

写実的なスケッチ、シンプルな線描、
デフォルメした油彩など
同じ人が描いたとは思えないほど変化に富んでいて
器用な人だなぁ、と感心してしまいました。

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そのどれもがネコへの敬愛に満ちているのね。
「愛しているものをよく絵にかくんです。
 愛しているところに美があるからなんです」

一目惚れで結婚したネコ好きの美人、
妻・文子をモデルにした絵も何点かあり
もちろんそこにもネコがいるのですが、
その肖像画もとても素敵なのです。
愛しているところに美があるというのは本当です。

静物画よりも動物や人物の絵の方が
心に迫ってくるのは
そこに描かれた画家の感情が読み取れるからです。
私も人物や動物を描いてみようかな。

アンリ・マティスに学んだ猪熊は
「お前の絵は上手すぎる」
と言われたことが一生の教訓になったといいます。

彼はあの時代の画家の影響を強く受けていますが、
マティスでもピカソでもなく、
猪熊弦一郎であるための試行錯誤の跡が
あのバラエティに富んだ画風なのでしょうね。

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猪熊弦一郎は三越の包装紙を
デザインした人でもあります。
あの器用さとデザイン性の高さを考えたら
今の時代なら引っ張りだこだっただろうなぁ。

展覧会は18日(水)まで。
お時間のある方はぜひ観に行ってね。



14 avril 2018


趣味は何かと聞かれたら
墨絵、語学、ブログと答えます。

これはもはや趣味というより
完全に私の一部になっていて
呼吸をするのと同じような感覚です。

でも、働いていると
この3つだけでも結構忙しいのよ。。。

なので、新しい趣味を始めるなんて
考えたこともなかったのだけど、
以前から興味のあった日本画を
始めようと思っています。

で、今日はお試しレッスン。
長年墨絵をやっていると
段々「色」に飢えてくるんですね。

そして、色なら断然岩絵の具。
油絵は重すぎるし、水彩では物足りない。
岩絵の具の質感がすごく好きなんです。

日本画の画材は使い方が特殊なので
教わらなくては使い方がわからない。
知らないことは知りたい。
自分でお金を出して買った絵も
考えてみたら日本画ばかりだわ。

そう思ってるところにひと足先に始めた友だちが
何やら面白そうに描いているのを見て
「私もやるー」
ということになったのです。

岩絵の具は墨絵と相性がいいので
いずれは墨絵と融合させるという
新しい境地にも挑戦できます。
ああ、ついに憧れの日本画を習うんだわ。

といっても今日は初日だからデッサン。
デッサンも習ったことがないので楽しみです。

書と墨絵の先生たちが亡くなってからは
教えるばかりで
自分が習いに行く機会がありませんでした。
そういう意味でも楽しみなんです。

さあ、
スケッチブックと鉛筆・練消しを持って
行ってきまーす。



13 avril 2018


哲学研究者であり翻訳家の内田樹さんが
読解力についてこんなことを言っていました。

 難解な文章を前にしている時、
 それが「難解である」と感じるのは、
 こちらの知的スケールを超えているから。

 それを理解するためには
 自分を閉じ込めている知的な枠組みを壊して
 もっと汎用性の高い、包容力のある枠組みを
 採用しなくてはならない。
 つまり一時的に「宙吊り」になる必要がある。
 読解力が高まるとはそういうこと。

そんなような話でした。
これ、人間関係にも当て嵌まることですね。

誰でも独断と偏見に満ちているんだけど
自分にとってはそれが当たり前だから
そのこと自体に気付いていないことが多い。

自分にとっては自分が普通だから
たまに自分の理解を超える人に出くわすと
「変な人」ということになります。
でも変だと思うのはもしかしたら
単に自分が未熟だからかもしれない。

「変な人」と違和感を感じるのは
相手が自分の枠内に収まっていないからで
理解できないのは自分の知的スケールの問題
かもしれないですね。

その人を理解しようと思ったら
一旦自分の価値観や固定観念やジャッジや
そういうものを何もかも外して
ニュートラルなところで見なくてはならない。
つまり「宙吊り」です。
そうしなければいつまでもすれ違ったまま。

大昔の話ですが、妹が神宮前に住んでいた頃
お隣に苫米地英人さんが住んでいました。
度々行き来をしていたようですが、
「先生は頭が良過ぎて何を言ってるのか
 よくわからない」
とよく妹が言っていました。

苫米地さんの話は特殊なんだけど
要するにそういうことです。
相手の知力がどうこうということではなく
単に自分がその世界を知らないだけのこと。

経験や知恵が十分にあれば
その人の本質が見えるだろうし
そうでなければ自分が成熟するしかない。

日本人の読解力は落ちているんだって。
それはとりもなおさず、
日本人の成熟度が足りないということよね。 




12 avril 2018


おとといの出来事について
私はもう怒ってはいないし普通に接していますが
どこか冷めているのも事実です。
 
ハニーはこういうときやたらと敏感で、
「大丈夫だよ、もう全然怒ってないよ」
といくら口で言っても 
やたらとアプローチしてきます。

それで今朝も早くに電話してきて
「今そっちに向かってるけど家を出るのは何時?」
なんて言うんです。
8時前には家を出ると言ったら
間に合うようなら駅まで送っていくって。
結局時間までに着かなかったけど。

本当に変わった人。

情緒はゼロなのに自己防衛本能だけは
異常に発達していて
わたしがチラとでも別れようと思うと
ビビッと感じるんです。
自分の立場が脅かされることには超敏感。

そういう風に生きてきたからね。
そうせざるを得なかったからね。

ダーリンみたいに情緒を養う余裕も
それを教えてくれる大人もいないまま
16歳から1人で生きてきたんだもんね。
そう思うとなんだか不憫になる。

もちろん、それは私から見たハニーであって
本人は何の不自由も感じていないから
余計なお世話なんだけど。

心はきれいだと思う。
でも決して優しい人ではありません。
むしろ自分勝手で冷たい。
でも全然その自覚がないの。
自分は優しいって思ってるから不思議(笑)

私がそんなハニーと居られるのは
紛れもなく同じものを持っているからです。
ハニーは私の写し鏡なんだわ。
私は彼ほどは冷たくないけどね。

だからもし
優しいだけの人か頭がいいだけの人の
どちらかを選べと言われたら
私はきっと頭がいい人を選んじゃう。
だから仕方がないのね。

結局、ああいうのが私の好みの男性
ということなんだわねえ。 


                                                  
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11 avril 2018


今日は紙ゴミの日。
先週出すのを忘れたので
2週間分、ふた袋を手に持って表に出ると
目の前に発車する寸前のゴミ収集車が。

あ、間に合わなかった...
一瞬呆然としていたら、収集車のおじさんが
助手席から出てきてくれました。
助かったー、ありがとうございます!

もし収集車が行ってしまったら
私はゴミを家に置きに帰らなくてはならず、
そうしたらバスに乗り損ねるところでした。
バスは20分に1本しかないのです。

幸運にもそうならなくて済んだ私は
いつもの時間にバスに乗ることができました。
今日はあったかいな。

このところ朝は早く目覚めていたのに
昨夜は遅くまでハニーの仕事をしていたので
今朝は余裕がなかったのでした。

昨日ハニーと喧嘩したんだよね。
4年半付き合っていて本気の喧嘩は初めてです。
私が翻訳したものを読み合わせしていたんだけど
医学論文だから日本語が難しい。
で、私が知らない用語があって
それが初っ端から間違っていたのです。

そしたらハニーが嫌な顔をして
こんなんじゃ心配だって言うの。
で、その先を読んでって言うから読んだんだけど
その日本語は文語だから彼にはわからないわけ。
で、自分にわからないのを私が悪いみたいに言う。

言っとくけど、文章の構造は間違っていないし
文章は全部正しいんです。
理解できないのはハニーの日本語力のせい。
それなのにまるで私をバカにするみたいな
言い方をするからアタマにきた。

「だったら他の人に頼めば?」
「そうするよ」
売り言葉に買い言葉です。

彼は気が短いの、とても。
私は何日もかけてこの仕事を完成させて
結構大変だったんです。
それなのに労う前にこの態度。
アタマに来た。久しぶりにアタマに来た。

でも怒りが持続しない私はすぐに怒りが収まり、
その代わりに悲しくなりました。
なんでこんなに悲しいんだろうと考えた。
そしてある人に言われた言葉を思い出しました。

「自分が価値ある人間だと思ってはいけない。
 そう思ってるとニュートラルになれない」

でも私は未熟なんだよ。
頼りにされると張り切るのも
自分の価値が認められていると感じるから。
B型ですから煽てられると木にも登る。

反対に貶されることには滅法弱いのです。
一気に自信がなくなります。
ハニーがまだ仏語訳に手もつけていないうちに
日本語訳を終えたのだから
「よくやった」と褒めてもらえると思ったのに
正反対の展開だったから悲しくなったのね。

ハニーは私があまりに萎んでいるので反省して
「ごめん、悪かった」としきりに謝りました。
私も「いいよ」と言って仲直りしましたが
ハニーってやっぱり優しくないんだな。

私は優しい人が好きなんだ。