août 2017

21 août 2017













この夏、私の周りはアメリカブーム。 
大学生の姪は向こうに住む親戚の家で夏休み、
友だちはやはり向こうで暮らす妹さんの元へ、
また別の人たちは皆既日食見学ツアーに。

21日(日本時間22日)に起こる皆既日食は、
しし座の新月と重なることもあって
スピリチュアル系の人たちには
特別のイベントと位置づけられています。
よくわからないけど、エネルギー強そうだもんね。

ハワイを含む北太平洋の東側と
北アメリカ大陸のすべて、
南アメリカ大陸の北部、北大西洋地域の大部分、
アフリカ大陸の北大西洋沿岸および
西ヨーロッパの一部までの広い範囲で
観測できる今回の皆既日食。

いいなぁ、私も見たい! 本物を。

私にとって皆既日食といえば、
子供の頃の不思議な出来事
コロナもダイヤモンドリングも
この目でハッキリ見たのに、
日中の暗闇を友だちも妹も一緒に体験したのに、
あれが存在しなかった皆既日食だったなんて。

私の人生の2大 "不思議な出来事" は
思えばどちらも夏の出来事だわ。
夏は、終戦記念日やお盆があって
霊的なものが動きやすいというから
パラレルな世界が重なりやすいのかもしれません。 

珍しい現象といえば今月、
イギリスではピンクの虹が現れて話題になりました。





















虹の発生が日没と重なったからだそうですが
何とも幻想的な光景。
上の写真が撮影されたトーントンでは
空が濃いピンクに染まりました。
下の画像ではピンクの虹が二重になっていますね。

ピンク色の夕焼けは、
夕方の太陽の位置が低いため、
波長が短いすみれ、青、緑などの色が薄くなり
ピンクや赤だけが見えるようになって、
虹がピンクっぽい色になるのだとか。

こういうのを見ると宇宙を感じるし
本当に美しいと思うけど
同時にチョット不吉な感じがしちゃう。
地球は明らかに変わってきているな、って。

東京では8月だというのに
連続19日雨が降りました。
夏の暑さも太陽も何処へ行ってしまったの?
もうすぐ夏休みが終わるというのに
子どもたちには可哀相な夏でした。

その日を境に何かが変わるとも言われている
皆既日食まであと1日。
さて、何が起きるのか楽しみにしていよう。

                                                 
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20 août 2017


夕べはいつになく夜更かししました。
妹が泊まりに来たからです。
普段は12時には寝るようにしてるけど
夕べはなんと3時まで起きていました。

妹はいつもその時間なんだって。
仕事が終わるのが遅いので
帰宅して一段落するのが11時頃。
それから夫と一緒に毎晩3時まで
海外ドラマを観ているのだそうです。

それがね、血は争えないというか
観ている番組が全部同じだった。笑
海外ドラマは何度も再放送をするので
違う時間帯でも観れるんです。

さて、あるガン患者のエピソード。
余命数か月の宣告を受けたその人は
「今日も生きている」
ということを実感するために
マンションの屋上から日の出を見ることを
日課にしたそうです。

すると、
鳥が日の出前に鳴き始めることに気づきます。
鳴き始める時間を調べてみたら
晴れの日も曇りの日も雨の日も
日の出のきっかり42分前。

その人は、日が昇るまでの42分間の空気は
特別に新鮮なのだろうと考えて、
毎日その時間に意識して呼吸したり
歌を歌ったりしたのだそうです。
そしたらガンはすっかり治っちゃった。

あらゆる動物は
日の出の42分前に目覚めるそうです。
木々が目覚めるのもその時間です。

光合成が始まり酸素を出し始める時間。
葉の気孔から霧が生み出され
酸素濃度が変わる瞬間。
すごいね、それが宇宙のリズムなんですね。

人間も本来は
その時間に目覚めるべきなのでしょう。
新鮮な空気をたっぷり吸って
活性化した状態で1日を始める。
早起きは三文の徳と言いますが
理屈抜きにいいに決まっています。

今の時期、日の出は5時頃だから
42分前に起きるとしたら4時20分頃、か。

それを聞いただけで
ムリ!と思ってしまうけど
考えてみたら今朝1度目覚めたのは
ちょうどその頃だった。
二度寝しちゃったけど。

体内時計は宇宙のリズムを知っているのね。
それに沿って生活したら
きっと何かが変わるんだろうな。

窓の外ではセミたちが
ここぞとばかりに叫んでいます。


                                                 
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19 août 2017


スピリチュアルカウンセラーの松田仁さんが
『「愛」以外のすべては「オプション」』
と書いているのを見て
名言だなぁ、と思いました。
 
松田さんはこのところ
ハートを開くセッションに力を入れていて
そのことについて書いていたのですが、
私も実感していることなので深く納得。
すべての鍵はここにあるんだな。

ハートチャクラが開いているときって、
無条件に満たされてシアワセを感じます。
自分の中が愛に満ちている状態ね。
ほろ酔い加減のようないい気持ち、というか
わけもなくニヤケてしまう感じ。
とにかく、いつもご機嫌なのです。

人は誰でも幸せを追求するけど
人生の目的は、突き詰めれば
「いつもご機嫌でいること」ですよね?

お金持ちになりたいのも
結婚したいのも
仕事で出世したいのも
ぜーんぶ、それをすることで
心が満たされたいからですよね?
ご機嫌になりたいからそうしたいんでしょ?

でもさ、本当は順番が逆なんだ。
というか、逆にした方がずっと簡単なの。

たとえば、欲しかったバッグを買ったとき、
私たちはすごーく満たされた気持ちになります。
めっちゃご機嫌な気分になりますね。
私も買い物は大好きなのでわかります。

美味しいものを食べたときもそうです。
なんかとっても幸せな気分に
なるじゃありませんか。

でも、それはすぐに消えてしまいます。
殆ど瞬間的に。

暫くの間は、そのバッグを見る度に
幸せな気持ちになるかもしれない。
でもいずれ何も感じなくなり、
また別のバッグが欲しくなります。
物は、買った瞬間が一番シアワセで
その気持ちが続くすることはありません。

食べ物はもっと早いですね。
消化されれば忘れちゃう。
楽しい旅行も何もかも
そのときの幸せな気持ちは
いずれ消えてしまいます。

もちろん、メリハリがあるからこそ
私たちは人生を楽しむことができます。
でも、毎日無条件に幸せでいられるとしたら?
環境に関わらずいつも心穏やかでいられたら?

ハートチャクラが開いている状態は
正にそういう状態なんです。
存在しているだけでシアワセ♡って感じ。

シアワセだから寛容になれる
シアワセだから何でも肯定できる
シアワセだからアイデアが浮かぶ
シアワセだからすべてが上手くいく。

無条件にシアワセなんだから
もしこうだったら、という
幸せの「条件」が必要なくなる。
何でもアリ。全部オーケー。
まず、その状態になりませんか?ってこと。

で、それさえ手に入れれば
仕事も恋愛も結婚も、何かを追求することも
追われるようにするのではなく
余裕綽々で臨めるようになります。
だって、オプションだもん。

なのでね、まずはハートを開くことから
始めたらいいと思うのよ。


                                                 
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18 août 2017


最近、企業家の女性と知り合うことが多いのですが
ビジネスをしている人の中には
微笑みのむこうに計算が見える人がいます。
そういう人、結構多いかも。 
言葉が優しくて親切そうでも
損得勘定でそうしている人はわかるよね。

それが悪いというわけじゃないです、モチロン。
成功(この言葉、イヤだけど)するためには
計算も必要だし利益を追求するのは当然のこと。
でも、なんか違うのよ。 

私はそういう人はちょっと苦手。 
どこか信用できないし安心な相手とは言えない。 
なんかカラダが拒絶反応を起こしちゃうのよね。

そんな中、
とっても好きなタイプの女性がいます。
4〜5年前からの知人で、ここ2年程の間に
ビジネスを急成長させている人。 

親しいというわけではないのだけど
私は彼女のしていることや発言が好きで
いつも気にして見ているんです。
まだ40そこそこなんだけど、素晴らしいの。

なんというか、真っ直ぐな人なんです。
コレと思ったらとことん追求するタイプ。
もともと科学者だから追求する人なのね。
そして、何といっても魂が透き通っている。

その彼女がFBでつぶやいていることを見て
ああ、だから彼女が好きなんだなと思いました。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆
自分の意識の中を見ながら
いろいろやってみて改めて
「自分の利益」をゴールにするって
私にとってはトータルとしてものすごく
「エネルギーを奪われる」
行為なんだと分かりました。
(分かるかな、うまく言えない)

その先に何があるかがすっとばされると
自分が小さくなる。

ほんとにただただ
溢れる思いを溢れさせていけばいいんだな。

(中略) 

集客、っていう言葉自体がもうなんか
自分にとっては決定的に違うのだ。
ちょーー決定的に違うのだよ!
(おお、すごい活性化してきた、
自分にとってよほど大事なことなんだろう)

自分が、見込み客、だとか、リスト、だとか
そういう名称で影で(もしくは心の奥で)
呼ばれているとしたら、
私はその人と安心して会えないな。
まあざっくり言うと、やだわ。
ブロックですか?結構です、笑
そのアイディア自体いただけない感じがする、
そう感じるのだもん。

行動が同じでも
それが心のどこから来ているのか、
それによって
届くもの、響くものはぜんぜん違うよね。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆

そう、そこなんだわ、
私が先に進めないでいる理由は。

集客とかリストとかの文字を見ると
アレルギー反応が起きてフリーズしちゃう。
でも、そんなこと言ってたら
仕事にならないんじゃないかと
うじうじ考えていた。 

それをこんな風に見事に言い放つ潔さよ。
「ブロックですか?結構です、笑」
と言い切る自信!  
こんな風に真っ直ぐに
自分の気持ちを表せるなんてステキ過ぎる。 

こういう人を見ていると
自分が小者だなーと思うのよ。
いやもう、全然まだまだだなって。
彼女には教えられることが多いわ。

                                                
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17 août 2017


愛とは、
「エネルギーがあふれ出す状態」
なのだそうです。
確かに、愛しいものに触れたときって
全身からエネルギーがあふれますね。

愛のエネルギーは強いので、
愛されるためには自分にも十分なエネルギーが
なくてはダメなんだって。
確かに、バランスというのは大事です。
で、エネルギー満タンな状態というのは
簡単にいえばご機嫌な状態ってこと。

赤ちゃんはエネルギーに満ちています。
私たちは赤ちゃんを無条件に愛しいと感じ
赤ちゃんを見ているだけで
エネルギーがあふれ出します。
エネルギーが釣り合っている状態です。

アイドルとファンの関係もそう。
芸能人はエネルギーが強いし
そこに集まるファンも
熱狂するエネルギーを持っている。
これも釣り合いが取れている状態。

愛を受け止めるだけのエネルギーがないと
相手のエネルギーに押し潰されちゃうかも。
もしくは通り抜けて行っちゃうか。

愛って、もちろん恋愛だけではないですね。
家族愛、友情、仕事への情熱から
世界平和まで、すべてに愛が必要です。
愛のエネルギーがあふれていれば
いつでもご機嫌でいられるから 
すべてのことが上手くいく。

だからこそ、
ハートを開くことが大切なんですね。

さて、世の中のすべては
エネルギーのバランスで成り立っています。
なので釣り合いが取れないと
厄介なことになります。

私の一族はエネルギーの強い人が多いです。
その中では、私は強い方ではないので
親戚が集まると疲れることがあります。
楽しいんだけどね。 
湯あたりみたいにみんなのエネルギーに
あたってしまうの。

母も強烈なエネルギーの持ち主でした。
それをそのまままともにぶつけて来るから
世間話をしているだけでも疲れる。
私とはエネルギーが釣り合わないのです。
好き嫌いとか、気が合う合わないとは別の話。

「空気が読めない」というのは
「エネルギーが読めない」
というのと同義語だと思う。

その場のエネルギーがどういう状態なのか、
渦を巻いているのか、フラットなのか     
そういうことがわからないということ。
あ、あまりわかる人はいないか。笑 

本当は、自分のエネルギーを自在に操れれば 
どんなことでも上手くいくんです。
自分のエネルギーのバルブを開けたり閉めたり
自由自在にできれば誰とでも上手くやれる。

私は結構それが得意なんだけど
自分の持つエネルギー以上は出せないから
母みたいに強烈な人が相手だと
サーモスタットが効かないヒーターみたいになって
焼き切れちゃうのです。
さもなければ、バルブを閉じてやり過ごす。 

妹のエネルギーも超強烈です。
その妹が、明日泊まりに来るんだって。
さて、どうなることやら。

                                                 
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16 août 2017


SNSが急速に広まってからというもの
私たちの脳は情報というドラッグに
すっかり毒されてしまいました。
アディクトされてやめることができない。
完全にジャンキーです。

かくいう私も
通勤電車の中ではFBを見たりしていますが
ふと顔を上げるとほぼ全員がスマホを見ている。
ちょっとゾッとする光景です。

なんか、皆が銀色の宇宙人に見えた。
(なんで宇宙人があの姿なのだか不明だが)
頭でっかちになって
カラダが置き去りにされている宇宙人。
自分の脳というコンピュータの処理能力を
超えた情報量でパンクしそうになってる宇宙人。

だから人の心が歪んで
いじめが増えたり
犯罪が凶悪化したり
モラルがなくなったり
自分を見失ったりするんだろうなって。
オーバーフローしてるんだわ。

こんな風にして人間は違う生き物に
なっていくんだと思った。
それを進化と呼ぶのか退化と呼ぶのか
わからないけど。

そう思いながらも
引き続きFBを見ていて(笑)思ったの。 
何処かから引っ張って来たリンクを
いっぱい貼る人っているでしょ。
あれ、どうなのかなって。

貼ったリンクに辿り着くためには
たくさんの時間を情報探しに費やしているわけで
それはある意味すごいと思うけど、
それホント?って思うものも多い。

私は情報を鵜呑みにしないタイプです。
へそ曲がりですからね。
自分の感覚にマッチする文句が目に留まっても
それを読んだときに自分の中で検証する。

「そうだ、そうだ」とただ頷いて
それをSNSで流すようなことはしません。
少なくとも自分の言葉に置き換える。
置き換える作業によって整理されるし
整理しているうちに「?」と思うことが
出て来たりするし。

私は科学者ではないので
科学的にこうです、と言われても
それが本当かどうかはわかりません。
わからないなりに判断するわけだけど、
そういうときの判断基準はアタマではなくカラダ。

理屈ではなく
そうだ、と感じたことはマルにする。
その「感じる」という感覚が
情報ジャンキーになると失われてしまう。
そこが一番怖いことなのです。
感じることができなくなるし
おまけに思考停止になっちゃう。

このままいくと
何が現実で何がバーチャルだか
わからなくなっちゃうんだろうな。
そういうのが人類の未来なんだわ、きっと。

                                                 
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15 août 2017


田舎のある人はびっくりするかもしれないけど
実は私、お盆の行事をしたことがないんです。

我が家には子どもの頃から
お祀りする仏様がいなかったので
習慣がないんですね。  
ナスやキュウリで馬や牛を作ったことも
迎え火・送り火を焚いたこともありません。

お盆の間は喧嘩をしてはいけない
虫を捕ってはいけない
虫を殺してはいけない
と言うのは何となく聞いたことがあるけど
お盆の期間に霊や魂を感じて生きたことはゼロ。

東京は7月がお盆なので
8月にお盆があることすら知らなかった。
その点においては、
私は外国人と何ら変わりはありません。 

そんな私なのに(そんな私だから?)
亡くなった従兄が私に乗り移り私の口を借りて
「お盆だから会いに来たよ」
と言ったことがあります。

私は乗り移られた方だから怖くないけど
私に乗り移った従兄と話した妹は
かなり怖かったみたい。

といっても仲の良い従兄でしたから
なるべく怖がらせないようにしよう
と思ったのだとは思います。

従兄はネフローゼで闘病していました。
家族は伯父の転勤で徳島にいましたが
伯母が付き添って東京の病院にいたんです。

5年間の闘病の末に従兄は13歳で亡くなり
私の家でお葬式をしました。
私は小学校2年生でした。

その時に従兄を寝かせていた部屋が
妹の夢に出てきたらしいのです。
それは私が中学1年生、妹が小学5年生のこと。

夢の中で、
妹は従兄が寝ていた部屋を襖で隔てた
隣の部屋にいます。
すると隣から妹を呼ぶ声がしました。

襖を開けると亡くなった従兄が
お通夜の時と同じ北枕にして寝ているんだけど
生きていたらこんな感じになっているだろう
と思うくらいに成長しているんですって。
亡くなってから5年経っていますから
18歳くらいの青年です。

従兄は身体を半分起こしながら
「みんな元気?」「ちゃんと勉強してる?」
など家族のことを色々話したらしい。
暫くして妹は目が覚めました。

亡くなった従兄が夢に出てきたので
妹は怖くなって私を起こしました。
私は妹から夢の話を聞き、
「お盆だから会いにきたのよ」と言って
押し入れからタオルケットを出して妹に掛け
「こっちにおいで」と抱き寄せて寝たそうな。

翌朝、「昨日は怖かったね」と妹に言われたけど
「何が?」私には一切記憶がない。
起き上がってタオルケットまで出したのに
15分くらい妹の話を聞いていたのに
私はまったく覚えていないのです。

「お姉ちゃん、お盆だから会いに来たって
 言ったじゃない」
と言われたけど、それは8月の出来事で
私はその時8月のお盆を認識していなかった。

それでわかったんです。
本当に従兄が会いに来たんだなって。
そういうことってあるんだなって。

今年のお盆もそろそろ終わり。
霊たちが帰っていく頃です。

                                                
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14 août 2017


日本人は英語コンプレックです。
確かに英会話が苦手な人は多いですね。

モノリンガルほどバイリンガルに憧れます。
それは日本人に限ったことではなく
英語しか話さないアメリカ人も同じみたい。
そういうアメリカ人と結婚した日本人女性が
「夫が子どもをバイリンガルにしたがって
  教育方針で揉めた」
と言っていました。

自分ができないことを子どもに託すのは
今も昔も同じです。
私の母も自分が弾けなかったピアノを
3歳の私に習わせました。
そういうものです。
親たちが英語教育に熱心になるのはわかる。

でも、訓練すればできるようになる
楽器やバレエやお習字などとは違って、
日常で英語を使う機会がゼロのこの国で
バイリンガルになるのは、まず無理です。
英語のレッスンを週に1回受けたからと言って
自動的に英語がペラペラになるわけではない。
それが週2回、週3回であっても同じです。

私もね、日常会話はできますけど
満足のいくレベルにはならないです。
とてももどかしくて何とかしたいと思うけど、
日本語で暮らしている以上これは仕方ない。
ガイジンの彼がいたってこれですからね。

外国に住んでいたり国際結婚をしている人が
口を揃えて言うのは、
中心となる母語を1つ決めることが
人間形成の上で何より大事だということです。

それは、言語というのは
文化的背景の上に成り立つものだから。
言葉の向こうにある文化の厚みを身につけることが
単に語学ができるということより大事だからです。

それなのに、英語の英才教育をしようと
家の中で英語のDVDを流しっ放し
みたいなことをしていると
大事な母語や日本文化さえ身につかず
とても中途半端なものになってしまいます。
英語よりまず日本語です。

日本語以外使わない日本の環境を考えると
語学は子どもの頃から始めても
大人になってから始めても同じです。
現に、社会人になって必要に迫られ
英語を始める人は大勢います。

中学・高校と6年間も英語教育を受けるのだから
基礎的な単語力はあるはずだし
語学習得はモチベーション次第でどうにでもなる。
私みたいに50の手習いでも
英語よりずっと難しいフランス語が
わかるようになるんです。
10代後半や20代で始めても全然遅くないです。

そりゃ、ネイティブのようにはなりませんよ。
文化的背景がないんだからどうやったって無理。
でも海外で立派に仕事ができるようにはなる。
それで十分ではありませんか?

小さい頃から英会話を習わせるより大事なことは
ほかにたくさんあるはずです。

いっぱい遊んで身体能力を高めること
他人への共感やコミュニケーション能力を養うこと
思考力を鍛えること、等々
人間力を養ってこそ大人になって語学が活かせる
というものです。

子ども向けの英会話教材は高いですね。
幼児の頃から英語漬けにするより
高校生くらいで短期留学させてあげた方が
お金の使い方としたは遥かにいいと思う。
それで話せるようにはならないだろうけど
もっと英語を勉強したいという
モチベーションはできるでしょ?

自分が英語を話せなくて
子どもに習わせたいと思っているお母さんは
まず自分が習ってみたらいいと思う。
そうすれば色々なことが見えてくると思うのよね。


                                               
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13 août 2017


誰でも
自分の才能って何だろう
と考えることがあるのではないでしょうか。

才能というと
天才的な何かを想像してしまうけど、
そんな大袈裟なことではなく
得意なことを思い浮かべればいいのです。

自然にできてしまうこと
気が付いたらそれをしていること
それをしていると楽しくて仕方がないこと
そういうものがありませんか?

自分にとっては当たり前過ぎて
気付かないことも多いみたいだけど
それがあなたの才能なんです。

才能とは、
物事を巧みになしうる生まれつきの能力です。
元々上手にできる何かですね。
手先が器用だとか、整理整頓が上手だとか
インテリアのセンスがいいとか、
字が上手いとか。

家の片付けが天才的に上手い人を知っていますが
棚から引き出しの1つ1つまで
ビシッと片付けることができるのは
本当に才能としか言いようがない。

また、才能については多くの著名人が
「情熱を持続し続ける力」
「自分を信じる力」
と答えています。

つまり、元々自分が持っている能力に気づき
自分の力を信じて、情熱を持ち続けることで
才能は本物の才能となるというわけです。

そうして磨いた才能は
自分1人のものにしておくのは勿体ない。
人のためにも使うべきです。
多分、自動的にシェアしたくなります。

そしてシェアしていくうちに
自然発生的にそれが仕事になっていく。
これが才能の理想的な使い方なのだと思います。
片付けの天才はモチロン、
片付け術の講師になりました。

私もこんな風に暇さえあれば書いているんだから
自分の才能をもっと上手に使いたいなぁ。


                                              
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12 août 2017


思い出してください。

大好きな人のことを思って
胸が熱くなったときのあの感覚を。
幼い我が子を抱きしめたときに
じわっとこみ上げてくる愛しさを。
また子犬や子猫を抱っこしたときの
たまらなく癒される気持ちを。

ハートのあたりが温かくなって
満ち足りた感じになりませんか?
理屈ではなくカラダで感じる幸福感。
それが、ハートが開いている状態です。
ハートチャクラがね。

ハートチャクラが開いていると
常に幸福感に包まれた状態になりますから
嫌な感情は湧いてきません。
意地悪な気持ちになったり怒ったり
他人を否定したりするようなことにならない。

気持ちよくお酒に酔っているような感じで
目に映るすべてのものが愛しく感じられて
「いいよ、いいよ」って何でも許せる。
みんなシアワセになってねーって
無条件に思えちゃう。

そんな感じが
ハートチャクラが開いている状態です。
自然と平和主義者になっちゃうよね。

自分の周りに愛すべき存在がいれば
ハートは開きやすいです。
パートナーとか子どもとか動物とか。
手っ取り早いのは恋をすることだけどね。笑
 
私は7、8年程前から
ハートチャクラが全開だという自覚がありました。
そのきっかけはダーリンです。
ダーリンに出会って数十年ぶりに恋に落ちた瞬間
私のハートチャクラはこじ開けられました。

それからの数年間は
片思いなのに毎日が楽しくてハッピーで
何を見ても何を聞いても美しく感じました。
そして全てのことが上手く回っていました。
ハニーと付き合い始めてからも
モチロンその状態は続いています。

ところが最近、地球の内部が暴れているので
それにつられて私もチグハグになっていたんです。
なんかピタッとはまらない、
なんかずれる、といった感じで
ハートも萎んで来たような感じがする。。。
エネルギーも欠乏しているような。

地球は変えられないけど
私のエネルギーは調整できます。
で、ハートを開くエネルギーワークを
受けに行ったんです。

それは7月の終わりのことでした。
以来、エネルギーが欠乏している感じは
なくなったのですが、
元々ハートが開いている私は
特別変わったことがあるようには
感じられませんでした。
即効性のあるものではないしね。

でも、面白い現象が起きたんです。
(内輪の話でいやらしいんだけど、
あんまり面白いから書いちゃう)

私、ブログのアクセス解析をしているのですが
エネルギーが足りないと感じていた間は
アクセス数がやや減っていたんです。
結構いいこと書いてたんだけどね。笑

なのに、エネルギーワークを受けた後、
読者数が急に1.5倍になったんです。
ページビューは2倍以上の日も。

多分、私のハートが全開になったことで
メッセージが届きやすくなったんだね。
わかり易いなぁと笑っちゃった。
自覚はなくても数字が表している。

自分で言うのもなんだけど
記事的にもっと面白いことを書いていたことは
過去にいくらでもあるんです。
なのに、何故今?って感じ。

ハートチャクラが開くと
自然と必要なプロセスが始まるし
ここが閉じるとプロセスが止まっちゃう
というのは本当なんだと思いました。

そして、新しいアイデアも生まれた。
これでいこうという仕事のアイデアがね。

結論:
あなたが何かを目指しているなら
ハートチャクラを開くことが早道です。
ハートが開けばメッセージが届きやすい。

結局は愛なんだな。
なんか勉強になった。


                                              
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