décembre 2016

31 décembre 2016


知らなかった。

神社のお参りの仕方といえば2礼2拍手1礼。
これさえ守っていればいいと思っていたけど
お願い事の仕方にもルールがあったのです。

私は、神社では個人的なお願い事をしてはいけない
というのを聞いたことがあって
以来「ありがとうございます」だけを言うのですが
お願い事をしてもOKだったのね。

ただ、お願い事が叶ったら当然お礼参りが必要で
それを怠って放置しておくと障りや災いがあっても
不思議ではないということ。
まあ、神様はそんなことしないと思いますが
ご機嫌を損ねたら困るので礼は尽くすべき。

なので旅先ではむやみにお願いしないで
ご挨拶程度にしておくのが無難なんですね。

神社によっては自分事のお願いをしては
いけないところもあります。
伊勢神宮の本宮では個人的なお願いはNG。
感謝の言葉だけを伝えます。

また神様は大晦日以外、
夜間は神社にいなくなるのだとか。
参拝するなら午前中の清々しい時間帯がベストで
夕方までに行なうのがよいそうです。

さて、参拝の順番は
2拝は90度、
2拍手は神様に気づいて貰えるように大きな音で、
それから手を合わせてお願い事、
最後に1拝。
そうそう拍手の時合わせる手は
右手をやや下げるのが正しいやり方。

ここからが大事なのですが
お願い事をするときのルールがあるんです。
まずは順番。
①最初に感謝報告をします。 
②次に決意。
③そしてお願い事をするのですがここがポイント。

まず人の事をお願いします(世界平和など)。
その後自分事のお願いをするのですが
そのとき住所・名前・生年月日を言うんだって!
神様が自分のことをちゃんとわかるように。

これ、結構大事なことらしい。
そーか、神社で御祈願をしていただくときだって
必ず住所・名前・生年月日を読まれるもんね。
神職がするのと同じことを自分でするわけだ。

で、因みにですが
「お願い事をしてはいけない」と言われる理由は
お願いをすることで願いが叶っていない状態を
引き寄せちゃうからといいます。
逆に「ありがとうございました」と言えば
既に叶っている状態を引き寄せるというワケ。

なので、私はこれからも
国の弥栄・世界の平和だけをお願いして
「すべの願いは叶っています。
 いつもありがとうございます!」
と感謝の言葉だけを伝えることにします。 
皆さまも正しい参拝で願いを叶えてくださいね。

いつもこのブログを応援してくださる方、
また今日たまたま見つけてくださった方も
1年間ありがとうございました。

皆さまにとって2017年が
愛に満ちた幸せな1年でありますように。
また素晴らしい出会いがありますように。
どうぞよいお年をお迎えください♡



30 décembre 2016

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渋谷のBunkamuraで開催されている
「Marimekko展」を妄想友だちと一緒に見た帰り、
「寒いから中を通って行こう」と入った
東急本店の1階でハイブランドを見学。

その中で素晴らしい接客に感動したのがグッチ。 
店に入るとすぐに素敵なパンプスが目に入ります。
「いいねー、この靴」
と言っているところにやってきたのが
若い男性の店員さんです。

その日の私たちはどう見ても
買う人には見えなかったはず。
なのに彼は屈託のない笑顔で丁寧に対応します。

「お試しになりませんか?」と言われ
流石にそれは断りましたが、
同じデザインでスエードのピンクの靴を
「あの色もいいね」と言えば
それも手元に運んでくれます。

その上、「今、お客様にサービスしてるんです」
と店員の女性に目配せすると、
トレイに乗ったチョコレートが運ばれてきました。
うーん、美味しい。

調子に乗った私たちは店の奥に入り
ボタンの素敵なトレンチコートを見つけました。
「あのコート欲しい。トレンチ持ってないのよ」

すると男性はそのコートをケースの上に広げて
裏地など細かいところまで説明してくれます。
ニットがいいと言えばケースから出してくれて
まるで常連に対するような接客です。

それがまったくもって自然なのです。
どんなお客様に対しても変わらぬ態度で接する。
それでこそハイブランドです。
グッチは時計しか買ったことないけど
すっかりファンになっちゃった。

その前に入ったエルメスなんて
鼻も引っ掛けないという感じでしたよ。
スカーフくらいは買うかもしれないのに
私たちはお客じゃないと決めつけています。
完全に無視。

こういうところでお店の品格や
店員さんの人間性が見えます。
ここのエルメスでは絶対に買わない。
そしてグッチを買うなら東急本店で
と思ったのは言うまでもありません。

その後に入ったのはロエベ。
そこの男性も親切だったなぁ。
友だちが気に入った白いバッグを
「これはドラマの中で使われたものなんですよ」
と気さくに話してくれます。

すっかりご機嫌になった私たちは決めました。
「次は銀座でハイブランド巡りをしよう」
どの店が感じがいいか見極めるの。
で、一番感じの良かったところで買い物をする。

あー、考えただけで楽しいわ。
銀座に行ったらシャネルも見ようね。
こう見えてもシャネル好きなのよ。
今更ブランド物はいいと思っていたけど
ハイブランドってやっぱりステキ。

というわけで、グッチを買う予定のある方は
ぜひ東急本店でお求めください。


   
        
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29 décembre 2016

2016-12-27-16-45-51

ずっと気がかりだったお札を返しに
寒川神社へ行ってきました。
パワースポットと言われる神社は
参道に入った途端に空気が変わります。

山門にはねぶたが飾られていて
元日には灯りが点灯されるそうです。
試験点灯の映像をTVで見たけど
なかなか美しいものでした。

境内は人もまばらですが
お正月には大勢の参拝客で賑わうのでしょう。
せっかく来たのだからと、友だちと私は
八方除けのお祓いをしてもらいました。
初詣もいいけど暮も空いていて良いではないか。

受け取った箱には記名板剣神札、
八方札、御守、御神土、御供物、御神酒
が入っています。
神社の脇にあるお土産屋さんで
真榊を見つけてそれもゲット。

真榊というのは
緑・黄・赤・白・青の五色の絹の幟の先に榊を立て
三種の神器を掛けた神具です。
お雛様のお道具みたいですごく可愛い。

これを買ったのには理由があります。
私は2階の寝室に小さな神棚を飾っています。
伊勢神宮に行ったときに勢いで買った神棚ですが
家中で一番高い場所にある為お世話を怠りがち。
何よりお榊を枯らしてしまうのが悩みの種でした。

その点、真榊なら枯れる心配は要らない。
五色の幟が華やかだしね。
つまりはお榊を怠けようと思ったわけです。
いや、今日は本物の榊も飾りますよ。

家に帰って神社でいただいた箱を開け
八方札を袋から出したときに気づきました。
八方札って9体1組になっている。
そうかぁ、これ9か所にお祀りするものなんだ。
1体は家の中央に、あとはそれぞれの方角に。

さて、どこにお祀りしたらいいんだろう。
見える場所に9枚も御札を貼ったら
家中御札だらけでコワ過ぎるし
ひとまとめにして神棚に上げたらダメ?

そもそも、「御祈願御神札のまつり方」を見ると
真ん中に「天照皇大神宮」となっていますが
そのお札は今返しちゃったよ。
寒川神社の御札は左で氏神様が左。

小さな神棚は主不在の状態です。
天照皇大神宮の御札もいただくべきだったのか。
仕方がないから空家の神棚の左側に
寒川神社の御札を飾り真榊を置き榊を飾り
お供物や御神酒など諸々をお供えしました。

中央の神棚に神様不在というのもなんだから
明日近くの神社で天照皇大神宮の御札を
いただいてくるか。 

そして昨日、
鏡餅や玄関飾りや輪飾りを買いに行きました。 
玄関飾りはここ数年、「茶の葉」で買っています。
一文字に編まれた注連縄に
橙や裏白、紙垂などが付いた「とば」という飾り。
カッコイイわぁ。

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契約農家の人が作っているらしいのですが
こういう伝統的なのが好きなのよね。
正月飾りにはこだわりがあります。

玄関をきれいに掃除してドアに取り付けます。
うちのドアは真ん中がガラスになっているので
そこに吸盤のフックをくっ付けて飾ります。

ところがですね、
何度付けてもフックが落ちちゃうの。
落ちる度に玄関飾りの藁が折れて
段々可哀そうな姿になっていきます。
おまけに間違えて踏んじゃったよ。
あーん、神様の依り代なのに。涙

慌てて近くのホームセンターに走りました。
明日になったら「くんち飾り」になっちゃうから
何がなんでも今日中に飾らなくてはなりません。
たくさんの種類から4㎏まで対応する
強力なフックを選びました。
これでどーだ。

家に帰ると早速取り付けました。
うん、今度は大丈夫そうだ。
ふぅ、なんとか28日中に間に合ったよ。
お正月迎えって、毎年のことなのに
なんかバタバタしちゃう。
俄か神道はダメだなぁ。



28 décembre 2016


2016年も余すところあと4日。
皆さまにはどんな1年でしたか?

私にとってはある時代の総決算の年でした。
まず21年住んだ家からの引っ越しが決まったこと。
そしてダーリンがフランスへ帰ったこと。

すべての出会いは運命ですが
特別な出会いというのがあります。
男女に限らず、ある役割を担って登場する人がいる。

その人は自分に多大な影響を与えて
次のステップへの道を示してくれます。
その関係がずっと続くこともあるし、
役割を終えて運命の別れを迎えることもあります。
それが顕著な年でした。

仕事についてもそうです。
社長は私を社員にしてもいいと言ってくれましたが
そんな風に言ってもらったことで
逆に私がすべきことがそこにはないとわかった。

面白いと思うのです。
限界なんてないなって。
私の年齢でさえまだまだ可能性はいくらでもある。
「もう40だから」「もう50だから」なんて
思う必要は全然ないんだよ。
心の赴くままに挑戦していればきっと道は開けます。

女性は年を重ねることを怖れるけど
若い頃より深みが増した分
魅力的に映るということもある。 

ダーリンにもそう言われたことがあるんだ。
若い頃のピチピチの写真を見せたら
「今の方がずっとキレイだよ」ってマジ顔で。 
そういうのは励みになります。
ハニーからはお褒めの言葉はないけどね。笑

最近、20代半ばにして自分の道を決めている
何人かの男子に会いました。
若いのにすごいなぁ、と思う。
私がその年齢の時は恋愛にうつつを抜かして
迷子になっていました。

でも、そのお陰で家族を持つことができて
人として少しは成長できたのかなと思います。
それに、それがなかったら自分のミッションを
見つけることはできなかったから
私には必要な過程だったんだね。

若いうちに自分の道と出会う人もいます。
私みたいに今から何かを始めようとする人もいる。
タイミングはそれぞれですが
「コレだ」というものが見つかった時が
その人のベストタイミングなのよね。

なので年齢を気にするのはナンセンスです。
可能性はいつだってあるし限界なんてない。
自分がそれを求めるならね。

私は来年も心の赴くままに
色々なことにチャレンジしていこうと思います。
人生って本当に退屈している暇がない程面白い。 

新しいステージに立つ私がどうなっていくのか
観客としての私も楽しみにしています。 
「お手並み拝見」ってね。 

   
       
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27 décembre 2016


何という世知辛い世の中。

除夜の鐘が騒音だとクレームがあって
中止にしたり時間を昼間に変更したという
ニュースを見て唖然としました。
不寛容もここまできたかという感じ。

除夜の鐘とは言うまでもなく
新しい年を迎えるにあたり
108つの煩悩を祓うという意味があり
深夜0時を挟む時間帯に撞くものです。

多くの日本人にとって
大晦日に聞こえてくる除夜の鐘の音は
魂に響く特別な音色だと思う。
普段は日本の伝統や文化と縁のない人でも
日本人であることをしみじみと感じる
年末年始の貴重なひとときのはず。

それを騒音というなんて
日本人もそこまで落ちたかと思うと悲しい。
毎晩のことじゃあるまいし
年に1度のことくらい我慢できないのかね。

言っちゃなんだけど、
お寺の鐘の音が嫌なら
そこに住まなければいいのです。
お寺の方が遥かに昔からあるんだからさ。

クレームがあったからといって
除夜の鐘を中止したり
日中に変更したりするお寺もどうかと思う。
カラオケやスナックの騒音とは違うのだから
堂々と続ければいいのです。

筋を通すべきこともある。
文化というのは継承してなんぼなのです。
近所のわからんちんの言うことを一々聞いていたら
大切なものがどんどん消えてしまいます。

なんかさぁ、みんなどうかしてるよね。
こういう話を聞くと日本人は滅びると思っちゃう。
神仏をないがしろにするということは
人間が一番偉いと思っているということで
そんな驕り高ぶった考えは身を亡ぼします。

畏れの気持ちを持つことは大切です。
自分は生かされているのだという
謙虚な気持ちを持たなければ
色んな場面で判断を誤ります。

私は仏教徒でも神道でもないけど
自分ひとりの力で生きているとは思っていません。
何かわからないけど大きな力に生かされている、
何かにいつも助けられているということは
実感として思うところです。

普段そういうことを意識していない人でも
何となく神聖な気持ちになるのが
除夜の鐘を聴くときではないのかな。

心静かに鐘の音に耳を傾け行く年来る年を思う。
新しい年に向けて心を清らかにする。
1年に1度くらいそういう心穏やかな時間を
持ってほしいと思います。

   
       
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26 décembre 2016


歯医者さんの待合室に
赤ちゃんを連れた若いママがいました。
パパの治療が終わるのを待っている模様。
赤ちゃんはまだちっちゃいの。

赤ちゃん大好きの私は思わず声を掛けました。
「何か月ですか?」
「2か月です」
「可愛いわね。ママそっくり」

赤ちゃんはもう首が殆ど座っていて
ご機嫌でママに抱っこされています。
私があやすとニコニコ笑って愛想がいい。
ママもとても感じのいい人です。
出産したばかりの女性はやっぱりキレイだわ。

赤ちゃんは余程私が気に入ったのか
ずっとこっちを見ています。 
「ばぁ」というとニコニコ。 
名前を呼ぶとニコニコ。
まだ2か月なのに早いわ。
私も調子に乗って何度もあやします。

新米ママは赤ちゃんの能力が
まだよくわかっていない模様で
「もう目がちゃんと見えてるのかな」
なんて言います。
「もちろん見えてるわよ。
 この距離でもちゃんと目が合ってるから」 

赤ちゃんって大人が思うよりずっと能力がある。
娘に誕生の記憶があることや
私に生後3か月の記憶があることを話しました。
「赤ちゃんってお話ができないだけで
 何でもわかってるのよ」

すると赤ちゃんがいきなりぐずり始めました。
それがね、私に抱っこされたくてぐずっている。
ママは気づいていないけど
「この人好き。抱っこされたい」
って私の方へ身を乗り出しているんです。

赤ちゃんという存在に理解があることを
感じたのだと思う。
私をじーっと見つめながら抱っこしてと言ってる。
まだ2か月なのにすごい能力。

初対面の私に抱っこさせるのを
ママも気にしない様子だったので
「じゃあ、おいで」 
と膝に乗せると赤ちゃんは満足気にしています。
「ほら、この方がママの顔がよく見えるしね」 

赤ちゃんって本当にわかってるなぁと
改めて思いました。
赤ちゃんはみんな天才だからね。

そうこうしているところに名前を呼ばれました。
考えてみたら今日は待ち時間が長かった。
お陰様で赤ちゃんとお話ができました。
あー、楽しかった。



25 décembre 2016


去年のクリスマスパーティーの時に
友だちが持ってきてくれたCDを聴きながら
1人静かなクリスマスを過ごしています。
キャロル・キングいいわぁ。

1曲目は"My Favorite Things"。
「サウンド・オブ・ミュージック」の中の1曲で
中学生の頃から好きだった歌です。
このアレンジすごくいい。
改めて聴くと歌詞がホントに素敵。

=====
バラの花びらの雫、子猫のひげ
銅製の光るケトル、暖かいウールのミトン
ひもで結ばれた茶色い紙の包み
それが私のお気に入り

クリーム色の子馬、
香ばしいリンゴのシュトルーデル
ドアベルにソリのベル
シュニッツェルとパスタ
月夜を飛ぶ雁の群れ
それが私のお気に入り

白いドレスに青いサテンの飾り帯をした女の子
私の鼻とまつげに積もる雪
白銀の冬が春に変わる頃
それが私のお気に入り

犬が噛んだり蜂が刺したり
悲しい気持ちになるときは
私はただ自分のお気に入りを思い出す
そうすればそれ程悪い気分にならないわ
=====

素晴らしいわぁ。
シアワセの秘訣はまさにコレなのよね。
多少辛いことがあっても
好きなものを思い出してそっちに集中する。
そうすれば嫌な気持ちは吹き飛んじゃう。

なのでお気に入りは
この歌詞のようにたくさんあった方がいい。

私だったら
真冬に咲く白いクリスマスローズ
家の壁に映る木の陰
ダーリンがくれた南仏の絵ハガキ
怪しげな石の猿たち、アフリカの布

サーティワンのバーガンディチェリー
アンティークのランプが作るハートの影
庭に来るシジュウカラのおしゃべり
黄緑色のiPhoneケース
ルチルクオーツの指輪

鳥のクッション、アンティークの帯留め
紺色のフェルトのショール
焙煎したてのブラジルサントス
ハニーの大きな手、彼の声

まだまだいっぱいあります。
目に映るものは全部お気に入りだから 
今こうして思い浮かべるだけで
シアワセな気持ちになっちゃうもん。

お気に入りがあるって
幸せなことだったんだね。 



24 décembre 2016


クリスマスイブです。
ストラスブールのメル友ジャンノから
メールが届きました。
「日本にクリスマスはないと思うけど
 メリークリスマス!」

いえいえ、私たち日本人にとっても
クリスマスは一大イベントなんですよ。
駅前の高さ8メートルのツリーの写真を送ると
「ほー、驚いた」

フランスは文化のベースはキリスト教ですが
教会に通う本物のクリスチャンは少ないです。
なのでクリスマスは家族が集まることの方が重要。
ジャンノも教会には行かないし、
ダーリンはクリスマスツリーを家で飾ったことは
1度もないと言ってた。

日本人の1番良いところは
宗教に寛容なことだと思います。

12月25日まではクリスマス一色の街が
26日の朝にはすっかりお正月に変わります。
クリスマスツリーは門松にとって代わり
空気まで変わります。
その瞬間が私は大好きなのよね。

絶対神を信仰する外国人には
不可解かもしれないけど、
日本人は無宗教なのではなく
ありがたそうなものは何でも受け入れる
寛容と柔軟性があるということで、
神様は全部等しく神様なんです。

そのざっくりした感じがいいなぁと思う。
だって誰かがそれを神と信じているなら
それは神なんです。
喧嘩するほどのことはない。

戦争や紛争の原因は
違う価値観を認めないことにあります。
その点、日本人は何でもアリ。
それが平和の秘訣だもんね。

よく言われるように、
生まれたときは神社にお参りに行き
死ぬときは仏教式のお葬式をします。
結婚式をキリスト教会で挙げる人もいます。
節操がないようにも見えますが
それでいいじゃないね。

私は神社にお参りするのが好きです。
清々しい神社の空気が好きだから。
でもお寺の重々しい感じも好きです。
祖母や伯母は仏教徒だったので
よく仏教の話も聞きました。
お経を諳んじることもできるし仏教も好き。

大体、幸せを祈る祈りの"音"は
どの国のどの宗教でも皆同じ周波数です。
国や宗教に関わらず、どの人も願いは1つ、
愛と平和だから。

みんな幸せになりたいんだもん。
それが唯一絶対の普遍的な願いでしょう。
世界中の人がすべての他者に対して
寛容で愛情深くなることができれば
争いは起きないはずなのに
どうしてできないんだろうね。

なので大切なのは
自分と違う意見や価値観を否定しないこと。
ましてや攻撃なんてしないこと。
クリスマスもお正月もバレンタインデーも
みーんな楽しんじゃって
神々も仏様も味方につけちゃう精神。
 
ということで、皆さまも素敵なクリスマスを。
Merry Christmas! 



23 décembre 2016


もしパートナーの裏切りを知ったら
あなたならどうしますか?
「悪かった。やり直したい」と言われたら
赦しちゃう?それとも別れちゃう?

もし心から赦すことができるなら、
元通りになることができるでしょう。
でも「赦す」って結構難しい。

裏切られたという思いは憎しみを伴って
強いマイナスのエネルギーで
自分自身を襲います。

私にもそういう経験があります。
11年付き合って結婚することが決まった後に
彼が同僚の女の子と親密になり
申し込んでいた式場をキャンセルする
という事態になったのです。

すったもんだの挙句結局結婚しましたが
氷点に達した私の心には氷の塊ができた。
本当に心臓の奥に塊があるような感じで
心臓を圧迫するんです。

結婚後は仲良く暮らしていたんですよ、
何事もなかったかのように。
彼は優しい夫だったし面白い人だし
子供も生まれて幸せに暮らしていました。
本当に何の問題もない幸せな家庭でした。

3年も経つと意識の上では
すっかり忘れることができます。
氷の塊も段々と小さくなっていきます。
でも、溶けきれない氷の芯が
心の奥底に棲みついちゃうのね。
それが何かの折にチクッと心臓を刺すんです。

すっかり消えたのに気づいたのは
20年位経った頃でした。
私、執念深いタイプじゃないんです。
なのにそんなに時間がかかった。
恐るべし、ネガティブエネルギー。

問題は相手との関係じゃないんです。
自分自身の心の問題。
赦したいのに赦せない自分が不快だし
心臓を圧迫する氷の塊が痛いんです。

私はもちろん後悔なんかしていないけど
もし結婚を前にして
こういう問題を抱えている人がいたら
「新しい人を探した方がいいよ」って言います。
その方がずっと楽だから。

少なくとも結婚する時って
人生で一番ハッピーな瞬間であるべきです。
私はどん底からのスタートだったからなぁ。
それはそれで「あとは上がるだけ」と思ったけど。

おしどり夫婦だった60代半ばの女性の話。
半年前に夫がガンと診断され
たった3か月で亡くなりました。

その夫があろうことか
病床で10年間愛人がいたことを告白したのです。
本人は死を覚悟しての懺悔だったのでしょうが
女性にとっては青天の霹靂。

信じていたのに。
おしどり夫婦だと思っていたのに
10年間も裏切られていたなんて。

彼女の幸せだった40年という時間は
一瞬にして虚構になってしまいました。
今彼女の中には憎しみしかありません。
夫を失っても悲しむことができないことが
苦しいと言っていました。
多分一生、その苦しみを背負っていくと思う。

もしそんな秘密を持っていたら
墓場まで持っていきましょうね。



22 décembre 2016


NHKの「ファミリーヒストリー」は
芸能人のルーツを辿る番組です。
本人も知らないご先祖様のことが次々とわかって
最後は涙、涙になることが多い。

普通の人は自分のルーツのことは意識しないし
殆ど知らないかもしれません。

でも私は小さい頃からルーツを意識していました。
ルーツってアイデンティティを確立するために
結構大事なのかなと思います。
少なくとも私にはそうだった。

というのも、両親が5歳の時に離婚して
私は母子家庭で育ったからです。
当時離婚は今程多くなかったので
母子家庭というのは凄いコンプレックスでした。
自分の中に何かが欠けているという思いがあった。

一緒に暮らしていた祖母は、よく自分の父親や
自身の若い頃の話をしてくれました。
母方の家系は複雑で
家系図を理解するのも大変なくらいなのですが、
ユニークな人物が多いのです。
話の中には何かと有名人が登場する。

弁護士だった祖父は孫文と関わりがあって
辛亥革命を支援する日本人の1人でした。 
京都の屋敷には革命分子を匿うための
隠し部屋があったんだって。
ちなみにその家は幽霊屋敷だったらしい。

私の知る祖母は地味なおばあさんでしたが 
若い頃は神戸に船が着くと
スカーフをマチ子巻きにしてオープンカーに乗り
新着の舶来の服や『ヴォーグ』を買いに行くような 
派手派手な人だったらしい。

その祖母は同じ頃
フィクサーと呼ばれた児玉誉士夫や大映の社長と
いつも麻雀をしていたなんて話も飛び出します。
ロクなもんじゃないな。笑

そもそも、その父親の曾祖父は芝居好きが高じて
オッペケペー節の川上音二郎一座に入り
パリ万博の公演に出演したような人物。
その時にお揃いで誂えたと言う
スーツ姿の写真はなかなかイケメンでした。

丹波哲郎は母のまたいとこなのですが、
丹波家で調べた家系図によると 
後漢の霊帝まで遡れるのだとか。 
平安中期の丹波康頼という人は
日本における鍼灸など東洋医学の祖で
私はその末裔ということらしい。

と、ご先祖様のことを知ると 
ジグソーパズルのピースが1つずつ嵌って
欠けていたものが埋まっていくんですね。
そして、なんか色々なことが納得できる。 
それじゃあ仕方ないよねって。 
基本平凡じゃないんだもん。

10代の頃はそういう作業をしていました。
自分を構成している要素を知って
自分の中にあるDNAを感じると 
自分が何者か分かった気がして自信がつく。

こういう熱い血が流れているんだから
私も大丈夫って思えるんですね。

意識しているかいないかは別として
家族の人物像が自信の根拠になっている人は
意外と多いです。
自信に満ちている人程そうかもしれない。

人間ってそれ程頼りない存在なのだと思います。
自信の根拠になる錯覚が欲しいのね。 
結果、こんな変な人が出来上がりましたとさ。笑