novembre 2016

30 novembre 2016


つくづく思うに、
何かを成し遂げる人は
その道をひたすら探求し続けているのです。

どのジャンルでも同じ。
卓越した素質にたゆまぬ努力と経験が加わって
初めて人の役に立ち、
自分を燃やせる仕事になるんです。

起業ブームに触発されて
猫も杓子も(失礼!)何かを始めようとしますが
チョットかじっただけでその気になって
それを仕事にしようというのは甘い。

昔から、お稽古事などを2、3年習って
すぐに先生になっちゃう人がいたけど、
百歩譲ってお稽古事ならまだいいです。
害がないから。

でも、これが人の人生や
心の問題に関わるような仕事となると
話は別であります。

ヒーリング系にそういうケースが多い
と私は感じておりますが、
見たところ、癒しの仕事をしたい人は
自分が癒されたい場合が多いです。

本人に自覚があるかどうかは別として
まず9割方はそういうタイプ。

自身がそこから脱出しきれていない状態で
他人様の苦しみや痛みを受けたら
どういうことになるか想像に難くありません。

もし本人に特別な能力がなければ不幸中の幸い。
益もない代わりに害を及ぼすこともないから。 
でも、もし自身に感受性があるなら、
共倒れになる可能性があります。

そういうことを少しでも考えたら
人様の心の問題に関わることなんて
恐ろしくてできないと思うんだな。

志を持つのは良いことですが
自分探しと仕事を混同してはいけません。
仕事というのは責任を伴うのです。
趣味の世界とは違う。

自分のミッションが何か
探している人は多いと思います。 
ずっとずっと探し続けてたどり着く
ということもあるかもしれないけど、
本当は既にその中にいたりします。

経験から言うと、
自分の使命に沿っていることは
それをしていると魂が喜ぶ。
無性に楽しくてやめられない。
気づくとそれをしている。

それは大袈裟なこととは限りません。
仕事であるとも限らない。
人にはそれぞれ役割があります。

良い母として子供を育てることかもしれない、
面白いものを見つけて周りの人に
インスピレーションを与えることかもしれない、 
誰かを陰で支えることかもしれません。

私の使命は伝えることです。
それをボランティア精神でやっていると
魂が喜びまくります。
だからこんな風に毎日書いているのです。
仕事でもないのにね。

それを自覚していると
自分にできること、できないこと
しても楽しくないことがわかるようになる。

どんな時に魂が喜んでいるか
自分に聞いてごらん。


                      
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29 novembre 2016

image

ユリ・ゲラーが一世を風靡した頃、
誰もが1度はスプーン曲げにトライしたものです。
私もやってみましたが、モチロン失敗に終わって
あれは特別な念力か何かだと思っていました。

でも昨日、私もスプーンを曲げちゃった。
フォークもね。 
クニャ~ですよ。

あれって、
目に見えないエネルギーにチューニングして
スプーンを柔らかいものに変えていたんだね。
量子力学の世界だったんだ。

私は潜在意識の可能性については
よく理解しているつもりです。
量子力学の理屈もある程度わかっています。
そして、それを上手に使っていると思う。
引き寄せなんて特別なことではないしね。 

私はそれを経験から実感しているけど
物質の変化という形で見たことはないから
人にはどうにも説明しにくかったんです。

でもさぁ、スプーンが曲がっちゃうのよ。
マジックなんかじゃなく。
硬いものが柔らいものに変わっちゃう。
しかも誰でもできるんです。本当に誰でも。
その場にいた数十人が全員できたのだから
再現性のある科学的なこと。

ということはですよ、
やはり不可能なんてないということです。
というより、この世界は可能性の海! 

「スプーンは柔らかい」
という周波数に合わせたら簡単に曲がる。
理想の人に出会うという周波数なら出会う。
月収100万円の周波数に合わせればそうなる。
テレビのチャンネルを合わせるのとまったく同じ。

私は不思議なことが大好きだけど
それが何故起きるのかを追及することの方が
もっと好きなんです。科学がね。
なので、量子力学の理論を実証したような経験は
めっちゃ楽しかった。

宇宙空間で目に見えるものはたった4%。
正体がわかっていないものが96%。
(ダークマター23%、ダークエネルギー73%)

ダークといっても別に悪いヤツではなく
光に反射しないからダークなんだけど、
そのダークなものたちが宇宙の大半を占めていて
その力で物事が動いているのです。

私たちの脳もこれに呼応するように
顕在意識が5%、潜在意識が95%。
私たちの行動の殆どは潜在意識によるもの
ともいわれています。
だからね、ここを上手に使わないと損しちゃう。

宇宙にオーダーするというのは
そういうことなんですね。
別に神様が何かをしてくれるわけではなく
自分が望む周波数にチューニングするだけ。
そのチューニングマシーンが潜在意識なのです。

私たちは色々な意識の影響を受けています。
思い込みという自分の潜在意識だけでなく、
世間の常識という集合意識からも。

この歳でいい相手を望むのは贅沢、
これ以上の収入を得ることは不可能、
自分にそんなことができるわけがない、
夫に尽くすのが女性の幸せ(ちと古いか)
などというのはミームです。

ミームとは、習慣や技能、物語といった
人から人へ伝染していく様々な情報のこと。
つまり集合意識。

意識はエネルギーです。
それも相当強いエネルギー。
必要のない集合意識の中に飲み込まれない
ということは夢を叶えるための必須条件です。

でね、愛とお金は「嬉しい」「楽しい」という
ウキウキするエネルギーと共鳴しやすいらしい。
なので、とりあえずはウキウキしましょう。

そうすれば
あなたの辞書に不可能の文字はありません。


                      
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28 novembre 2016


大好きな人に
「好きだよ」と言われたとき、
「私も…」と彼に寄り添えば
そこにはロマンチッックな余韻が残ります。

ところが、
オンナというものは知りたがり。
「私のどこが好き?」
「なんで私のこと好きなの?」
って聞きたくなったりしませんか? 

やさしいから、
可愛いから、
スタイルがいいから、
お料理が上手だから、
甘ったれだから、
しっかりしているから、
エトセトラ、エトセトラと
素敵な言葉で説明して欲しい。
それが女性というものです。 

それで、期待して待っていると
男性は大抵こんな反応をする。
「なぜって、好きなのに理由なんかないよ」
「好きだから好きなの」
シンプルであります。

これが、男女の感覚の違いなんですね。
そりゃ、中には気の利いたことを言う人も
いるかもしれませんけど
多くの男性はそうなんじゃないかな。

私もハニーに聞いたことがあります。
「私のどこが好きなの?」って。
その時彼が言ったのは「全部」。

別にノロケているわけではありません。
彼は細かいことは気にしてないのです。
フィーリングとして好きかそうでないか、
多分、そんな大雑把な捉え方しかしてない。

私は彼のどこが好きなのか
ディテールで答えられます。
彼の声、彼の目、彼の匂い、
頭のいいところ、捻ねくれたところ、
不器用なところ、時々うんと優しいところ、
彼のフランス語 etc.

でもハニーは、そういう答え方はしないんです。
面倒臭いからひとまとめにして「全部」。
彼は典型的な男脳です。
そして右脳は殆ど使っていない。笑
とてもわかりやすいサンプルです。

で、私は理解しました。
男性に対するこういう質問は
まったくもって無駄だということを。

男性と女性とでは思考回路が違います。
男性は単純でストレート、
女性は複雑でややこしい。

なので、要らぬ質問は無用です。
要らぬ詮索は特に。
そこのところを押さえておけば
つまらないことで喧嘩をする必要がなくなります。

人間関係を円滑にするのは
いうまでもなくコミュニケーション能力。
相手の立場になって考えてみる、
という基本的なことを守っていれば
お互いにご機嫌でいられます。

コミュケーションが上手な人は
聞き上手、語り上手、
見つめ合い上手なんだって。
目は口程にものを言うというからね。

言って欲しいことを言って
言われたくないことは言わない。
そして相手の目を見つめながらよく聞く。
これが上手にできるのは女性だけだと思うな。
女性の方が圧倒的に
コミュニケーション能力が高いから、ね。 


                     
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27 novembre 2016


世の中には、誰かの力を借りて
癒されたいと思う人がたくさんいます。
それだけ問題を抱えている人が多い
ということなのでしょう。

私は人の力を借りようと思ったことがないので
実のところ何故そういう気持ちになるのか
よくわからないの。

別に、何の問題もなくここまできた
というわけではありません。

子供時代には結構辛いこともあったし、
娘には自殺未遂やらリストカットやら
不登校やらと散々悩まされたし、
病気の母親の面倒もみたし、
絶望の淵に立ったこともあります。

でも、どんな時でも
赤の他人に頼ろうと思ったことはない。
親しい友だちに話すことはあってもね。
それだって、解決策を求めるわけではなく
ただ話して気が済む、というだけ。

それは、私が誰よりも信頼しているのは
自分自身だからです。
必ず何とかなると信じている。

なので、自分で解決する以外の選択肢を
思いつきもしなかったし、
結果として問題は自然と解決していきました。

癒されたい人は心の拠り所を求めます。
そして信頼できると思う人を見つけると
その人に完全に寄り掛かってしまいます。
でも、どんなに素晴らしい人でも完璧ではない。
いつでも疑問を持つ気持ちは必要です。

これは自分にとってどうなんだろうか、
本当にこれでいいんだろうかってね。

私にも哲学的な面において
信頼している人がいます。
その人のフィルターを通して語られることが
私の感性に合っているから面白い。
でも、メンターではありません。

私はね、そういう面白い人には
自分が元気な時にしか会いません。
刺激になるような話を聞きたいときに
会いに行くだけ。娯楽です。

知り合いの中には
家庭のこと、仕事のこと何でも
そういう人に助言を求める人がいます。

でも、それをしていると依存体質になって
小さなことも自分で決められなくなる。
「それ、相談する程のものじゃないでしょう」
と思う事まで相談しているのを目の当たりにして
ちょっと驚いた。

ここまで感性が鈍っちゃうのかってね。
思考停止状態。
一番怖いのはそこなのです。

なので、自分にとっての真実は
いつも自分で探して欲しいんだよね。
自然治癒力は誰にも備わっています。

癒してくれるものは自然の中にたくさんあります。
赤や黄色に紅葉した木々の美しさや
落ち葉を踏みしめるときの感触、 
日光の暖かさや風の冷たさ、
雨上がりの土の匂い。
そういうものを毎日感じながら五感を磨いていく。

そうしているうちに
人生はなんて美しいんだろうと気づいて
いつか心は癒されていくから。

感動は自分の中にあります。
答えもね。


                     
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26 novembre 2016


地球はここ100万年の間、 
氷期と間氷期が約10万年周期で交代しています。
最近の氷期が終わったのは約1万2000年前。

交互といっても、10万年の氷期に対して
間氷期は1万年程度ですから
大半は凍った時代ということになります。

その間、地上では
様々な種が誕生し、あるいは絶滅し、
生き残ったものは環境に適応しながら
ここまで来ました。

地球は今、温暖化が進んでいますが
一方で、次の氷河期に入りかけている
とも言わています。
先日の季節外れの雪などを見ると
そっちへ向かってるのかな、と思っちゃうよね。

温暖化が進むにしても氷期に突入するにしても
人類にとっては相当大きな試練です。
多分、多くは死に絶えるでしょう。
そして、うまく生き延びた者たちが
次の間氷期まで細々と種を繋げていく。
そしてまた、新たな文明を築いていくのです。
ダイナミックなストーリーだわぁ。(遠い目)

でね、急に思ったのですよ。 
最近の世界的な内向き傾向について。

何千年先のことかわかりませんけど
いずれ人類滅亡の危機が訪れるわけです。
その時、群れの単位が大きいと
全員が生き延びるのが難しくなる。
グローバリズムはサバイバルに適しません。

その点、小さな群れなら小回りが利きます。
食料の確保など何かと便利。
赤道近くは氷土にはならないらしいから
グループで南下していけば
生き延びる可能性が高くなります。

もちろん、住むのに適した場所や食料を
奪い合いながら、どんどん淘汰されていきます。
強いものだけが生き延びるのは大自然の摂理。
まるで「ウォーキング・デッド」だわ。

そういうのは、突然始まるわけではありません。
気候が徐々に変わっていくように
人間も種を残すために自然と
群れを小さくする方向に向かっていく。

そうなった時には自分の所属するグループ
即ち民族や人種を優先しようとします。
本能的にね。

今世界的に問題になっているナショナリズムや
移民問題、また社会的弱者に対する排斥行動は
一見現代社会のひずみのように見えるけど、
本当は変化している地球の影響を受けた人間の     
動物的本能が作り出したカオス…

なーんて、学説を立ててみたのですが
いかがなものでしょうか。 

だって、どう考えても人間は
クレイジーな方向に向かっています。
人間らしさを失って動物的になっている。 

人間はもっと賢いはずなのに
理性が働かずこんなことになってしまうのは、
何か大きな力が働いているに違いない。
だとしたら、地球でしょう。
私たち、地球人だし。

地球は今、荒々しくなっています。
気候も極端だし地震活動も活発です。
昨日もエルサルバドルでM7の地震がありました。
地球が荒れれば地球人も荒れる。
私が地震の前に調子が狂っちゃうようにね。

私のこの新説、
案外的を射てるんじゃないかなぁ。
どう思います? 


25 novembre 2016


恋人同士が新鮮なのは
いつも新しい経験があるからです。 

先週の日曜日、
ハニーがやって来たのは朝8時半。
私はいつもの習慣で
「サンデーモーニング」を観ていました。
この番組、好きなのよ。

今まで、彼がいるときに
テレビを点けたことはなかったのですが、
ちょうどトランプ氏の話題だったので 
私たちは一緒にそれを観ていました。 

世界情勢についてハニーが語るのを聞くのが
私はとても好きなんです。
彼はフランスやアメリカのニュースも見るから
私が気づかないことを教えてくれる。
それがとても為になります。

政治の話題が終わって
スポーツのトピックに変わっても
私たちは一緒にテレビを観ていました。
フィギュアースケートや野球やゴルフの話題に
ハニーがコメントするなんて、
なんか新鮮だわー。

こういうのが一緒に暮らしていないメリット。
テレビなんて、常に一緒だとただの日常です。
でも、普段離れているから
それだけのことがすごく新鮮! 
ホント、この距離感は最高です。  

私たちは前日の土曜日も一緒に過ごして
家の内覧に来た人も一緒に迎えました。
私が案内する間、彼は勉強しています。
風景の中に自然に溶け込んでいて
なんだか不思議な感じがするよ。

彼はフランス人ですから、
勉強に疲れるとシェスタをします。
昼下がりの情事ではなく純粋なお昼寝。
これがまたいいんだな。 
私も彼の腕の中にすっぽり収まって眠ります。
うーん、いい気持ち。
シアワセ過ぎて溶けそうだよ。

クルマを使えるようになって以来
彼はマメに来るようになりました。
仕事前に「おはよう!」とやって来て
一緒にモーニングコーヒーを飲む。
たったそれだけなのに1日中ウキウキします。

日本語能力検定試験は12月4日です。
毎日うちに来て勉強するといって
今も目の前でテキストと格闘しています。
私は彼の家庭教師だからね。

彼は私を抱きしめて、日本語と英語と
フランス語を混ぜてこう言ってくれます。
Je t'aime ホントに。 I love you always..
シビレます。

私はこの状況が気に入っています。
欲しい分だけちょうどある幸せ。
本当に何もかもが新鮮で上手くいってる。 


                    
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24 novembre 2016


私が毎日ブログを書くのは 
衝動に駆られるからです。
書きたいから書いている。
ただそれだけで他意はありません。

別に本を出そうと思ってるわけでも
恋愛講座を開くわけでも
大袈裟なことを考えているわけでもなく
そのとき感じたことをただつぶやいている。

基本おしゃべりなので
誰かに向かってしゃべっていたいのね。

私には悩みの種もなければ
人に相談するようなこともないのですが、
いつも心のバランスが取れているのは
書いているお陰かもしれないと思ったりもします。

だって、こうして毎日ありのままを書くのは
黙って聞いてくれるセラピストに向かって
自分のことを話しているようなもの。
嬉しかったことを反芻したり
疑問に思ったことをじっくり考えたりしながら
頭の中を整理することができます。

つまりマイセラピストは私自身ということ。
と、どこまでも自分本位のワタクシ。笑

そう考えると、
ブログってなにも公開するばかりではなく
自分の記録とか日記代わりに使うのも
悪くないと思うんです。

仕事でイライラしたり
すごくムカつくことがあったり
へとへとに疲れ切ったりすることは
誰にでもあると思います。

そんなときに、自分の気持ちを
文字にしたためるんです。
『王様の耳はロバの耳』の床屋みたいに
言いたいことを木の洞に向かって吐き出しちゃう。
すると、気持ちがスッキリする。
ブログがマイセラピストになります。

IDやパスワードで守られているから
誰にも読まれる心配はないし
文章の上手い下手を気にする必要もない。
でも、「バカヤロー」だけとか
悪口を書くだけでは効果はないな。
書きながら起きた出来事について考察しないとね。

自分の気持ちや考えを文章にすると
頭の中が整理されていきます。
書いているうちに、思いもしないような考えや
素敵なアイデア浮かんできたりもする。
私の言葉じゃないようなものもね。

そして自分の深層心理が
段々とあぶり出されてきて
自分のことがよくわかるようになります。

自分の中に何かを発見するのは
とっても面白いことです。
自分を客観的に見ることができると
ものの見方が変わってくる。

だから私は書くのが好きなのだと思う。
私の中から色々なものが引き出されるのが
面白くて書いているんだな、きっと。


                     
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23 novembre 2016


思った通り、地震がありましたね。
NZと日本は本当に怪しい関係なんだわ。
でも、地震の規模の割に揺れも津波も
大したことはなくてよかったです。

地震って、人間の気持ち翻弄するように
注目していないところで起きる。
熊本に注目しているとノーチェックの鳥取。
西ばかり見ていると今度は東。

昨日の地震は東日本大震災最大の余震でしたが
あれから5年経ってもまだ揺れるか。
もっとも地球の46憶年の歴史からみれば
5年なんて一瞬だもんね。
まだまだ油断できないと改めて思います。

NZとの関係は経験則で予想できたことです。
観察していれば想像ができる。
私は日本の地震も阪神淡路大震災以来
ずっと観察しています。

経験則といえば、もう1つ。
こちらはまるで科学的ではありませんが
私の身に起こることで予想ができます。 

それは、私がマヌケなことをすると
翌日に地震が来るというもの。
私、ナマズだからね。

最近では、
電車に乗り違える
クルマで来たのを忘れてバスで家に帰る
あるはずの物がどうしても見つからない
などの現象が同じ日に重なると
何故か地震が来ることになっている。

それがね、昨日まさにあったのですよ。
朝、仕事前にハニーが来たので
一緒に朝ご飯を食べた後
私は駅までクルマで行きました。

仕事帰り、青山一丁目で幸運にも座れて
いつもならスマホを見ているところを
何故か眠りこけてしまった。

気づいたら江田。
降りるべき駅の2つ先です。
「やだー、やっちゃった」と思いながら
上り電車に乗り換え、たまプラーザへ。
改札を出てバス停へ向かいながら
ふと思い出したんですね、
あざみ野にクルマを止めたことを。

不幸中の幸い。
再び改札を入ると下り電車で1つ戻り
無事にクルマを救出できましたとさ。

嫌な予感がしてますよ。
3.11以来、この現象はほぼ百発百中だから。
鳥取地震の前日もそうでした。
あの日はバスで家まで帰っちゃったからね。

でも、昨日は間一髪でクルマのことを思い出した。
これが吉と出ると信じたいところですが
一応報告しておこうっと。

明日は雪なんだってね。
11月に雪が降ったことなんて記憶にないな。
なんだか色々不気味であります。



                    
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22 novembre 2016


もし明日世界が終わるとしたら、
あなただけがそれを知っていたとしたら、
あなたは今日何をしますか?

私はね、きっと特別なことはしないで
いつもと同じ1日を過ごすと思う。

仕事のある日だったら
満員電車に乗って職場に行って
せっせと来月号の記事を書きます。
たとえそれが発行されることはないと
知っていてもね。

仕事のない日だったら、
やっぱりハニーに会いたいな。

いつものようにまったりと1日を過ごして
夕方になれば彼を送っていきます。
50キロの距離を鎌倉まで。
そして「またね」と別れます。
二度と会えないとわかっていても。

夕ごはんはお蕎麦にしよう。
「たまには一緒に食べない?」と娘たちも誘うけど
「忙しい」と断られたら、それはそれで。
この辺りには美味しいお店が何軒もあるから、
そのうちの1軒を選んで冷たいお蕎麦を食べる。
最後の晩餐はお蕎麦って決めているから。

1日の終わりには、
いつものように神棚と仏壇に手を合わせます。
今日も最高の1日をありがとうございましたって。
そして最後の眠りに就くと思う。

たとえ明日、戦争が起きるとわかっていても
大災害が襲って来ると知っていても、
私は普段と同じように過ごします。

だって、私の毎日はいつだって特別で
これ以上したいことなんてないんだもん。
100%満たされてるから
「これをしておかなければ死ねない」
なんていうことは1つもないんです。

明日という日があってもなくても、
明日が最良の日でも最悪の日でも、
淡々と今日を生きられるのは
日頃から自分の魂に正直に生きているから。 

必要のない我慢をしたり
人の価値観に振り回されたり
誰かに遠慮したりしないで
自分の魂の声に従って動いているからです。

今日あるものが明日あるとは限りません。
だからこそ、大好きな友だちと語り合ったり 
大事な家族と共に過ごしたり 
愛する人とやさしい時間を共有したり
時には冒険をしてみることを
心から楽しみたいと思う。

人生は楽しむためにあるのです。
世の中には美しいものがたくさんあるし
慈しむべきものが本当にたくさんある。

それを1つでも多く経験しなければ
生まれてきた甲斐がないというもの。
そんな風に今日を大切にしながら
淡々と生きていられるのがいいよね。


                    
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21 novembre 2016


家を売りに出して約1か月。
ついに買い手が決まりました。

年長さんの青葉ちゃんという女の子がいるご夫婦。
ここはすぐそこに小学校があるので
小さいお子さんがいるご家族には
理想的な立地条件です。
いいご家族に買ってもらってよかったー。

さあ、いよいよ私のマンション探しです。
いいところが見つかるよう祈る!

私は今、
大きな変化の中にいることを感じています。 
地球全体の変化。変化というより変容だな。 
その流れの中に自分もいるのだと
改めて感じるのです。

ダーリンも、もうすぐフランスへ帰ります。
私の人生を変えた運命の人第2号が去り、
運命の人第1号との歴史が詰まった家を
時を同じくして離れるのです。

新しいステージに突入するんだ。
グレードアップだわ! 
と、都合のいい脳ミソは判断しました。

もちろん引っ越しというのはそれ自体が変化ですが
突然そう思ったのは、ある影響力のある女性が
ビジネスパートナーでもあった夫と
離婚したことを知ったから。

私はいつも流れに身を任せていますが
彼女も同じタイプなのです。
そういう人ってあまりいないのよ。
あるがままを知っている人が変化している。
なるほど、そういうことね。

家を売ることも流れの中で決まりました。
離婚するとき、元夫は私が好きなだけ
この家に住んでいていいと言ったんです。
でも今年の初めに家を売りたいと相談された。

私は嫌だと言うことだってできたんです。
書面で正式に約束されていることだからね。
でも、私は「いいよ」と快諾しました。
それが流れだと思ったから。

これまで、私の人生を左右するようなことは 
いつも信頼する誰かのアイデアから
始まっていました。

私がコピーライターになったのも
彼が見た新聞記事がきっかけでした。
「面白そうだからやってみたら?」
と言われて応募したのが始まりで
今の私があるんです。

元夫は自分の都合で売りたかっただけだけど
その彼の勘に乗っかろうというわけ。
そういう柔軟性も時には必要。

この世で起こるすべてのことは
受け取り方を変えるだけで
まるで意味が違ってきます。

このタイミングで引っ越すことになったのも
ベストタイミングだと思うのです。
変容の流れに乗ってるなって。

ということは、引っ越しの先には
すごくイイコトがあるということです。
ワクワクするぅ。

来月、最後のフランス語のレッスンの夜に
送別会を開くことになりました。
ダーリンが言いました。
「その日に泊めてくれる?」
もちろんです!私たち、友だちだもんね。

この家との送別会でもある最後のパーティー。
その先にある何か素晴らしいことが
期待できるような展開です。

この家からも、元夫からも、ダーリンからも
本当の意味で卒業です。


                    
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