mai 2016

21 mai 2016


何故か月に惹かれる私です。
静かな力強さのある
月のエネルギーが好きなのです。
満月を見ると吠えたくなる。笑

明日5月22日午前6時14分に
いて座で満月を迎えます。

5月のこの満月は特別で
お釈迦様の降臨、悟りを開いた日、入滅の日が
すべて5月の満月の夜だったという伝承から
ヒマラヤのウエサク渓谷をはじめ、
シャスタ山など世界各地で水と光と聖音の
ウエサク祭りの祈りが捧げられます。

ウエサクの目的は
「智慧の光を輝かせ真実に生きることに目覚める」

パワースポットで有名な鞍馬寺でも
今夜から「五月満月祭」が開かれます。
本来は午後7時に始まり翌朝4時まで
3部に渡って行われるものでしたが
最近は参加者が増えたため
22時に終了する1部構成になっているとか。

本来の祭典は
第1部 地鏡浄業(きよめ)
第2部 月華精進(はげみ)
第3部 暁天明覚(めざめ)

毎年大勢の観光客が押し寄せるお祭りで
私も1度行ってみたいと思っていますが
未だに果たせていません。

代わりに今夜は「ひとりウエサク祭り」を
やってみようと思っています。
私の場合は常に「なんちゃって」なのですが
とにかく、最強の月のパワーを受け取ろうと。

私も5月生まれなので
ふと自分が生まれた日の月齢が気になり
チェックしてみました。
なーんだ、満月じゃなかった。
そこまでお目出度くないか。
でも大安でした。笑

月には浄化の力もあるので
パワーストーンを持っている人は
今夜の満月でキレイにするといいかもしれません。

ウエサクは本来
個人的なお願いするものではありませんが
自身の魂がピュアな状態に近づけば
自動的に最高の状態が手に入ります。
その良い機会だと思う。


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20 mai 2016


人は経験したことのないものを怖がります。
その究極が「死」だと思う。

私は死ぬことを全然恐れていないのですが
それは死んだことがあるからです。
私にとって死は未知のものではありません。

手術中に心臓が止まったというような
よくある臨死体験とは違うのですが
私は確かにそれを経験しました。

死ぬ瞬間って、すごく気持ちいいの。
その瞬間、強烈な快感が全身を貫きました。
1000回死んでもいいと思うくらい
ものすごーく気持ちよかった。

人の脳には、死ぬ瞬間のためだけに用意された
脳内ホルモンがあって
それは麻薬みたいなものだといいます。
私はそれを味わっちゃったのね。

「だから、私は死ぬのが全然恐くないんだ」
と、ある人に大威張りで話したら
「じゃ、痛いのはどう?」
と聞かれてハッとしました。
「えーーー、痛いのはやだぁ」

そうだった。
死ぬ瞬間は気持ち良くても、
大抵の場合は、痛いとか苦しいとかがあって
死はその後に来るんだった。
えー、痛いのは嫌いです。

今まで経験した中で一番痛かったのは肩の脱臼。
次が出産かな。
痛みの程度は出産の方が大きいと思うけど
陣痛には間隔があります。
脱臼の時は待合室で1時間半も待たされ
断続的に襲う激痛に気絶しそうになった。

例えば、地震でビルが倒壊して下敷きになり
何時間もそのままだったとしたら...
そんな痛そうなのは嫌だな。

でも不思議と、痛い思いはしない気がする。
なぜなら、私は穏やかな死しか
見たことがないからです。
祖母も母も伯父も伯母も全然痛そうじゃなかった。

だから私もきっと痛い目になんか遭わない。
うん、きっと遭わない。



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19 mai 2016


例えば、息子が初めて彼女を連れてきた時 
相手の女の子の欠点を探すタイプと
良いところを探すタイプがいます。
これはもう、ハッキリと分かれる。

無条件に受け入れて「可愛い」と思えるか
最初から敵とみなして構えるか。

私の友だちは大抵前者です。
みんな優しいから。
でもたまに後者もいます。

ある人は、相手の子がどんなにいい子でも
何としても気に入らないところを見つける。
何度彼女が変わっても毎回同じことをします。
情が厚くて正義感の強いいい人なんだけどね。 

そういうタイプの人は、
どんな状況でも同じ反応をします。
つまり、初対面の女性に対しては常に臨戦態勢。
まず否定から入るんですね。

私は、他人も自分も否定しません。
自己肯定感の塊だから自分を否定する理由はない。
同じように、他人を否定する理由もありません。
だって人はそれぞれ違うのだから
自分と同じ考えや感覚でなくて当たり前です。

自分が思い付きもしない発想に出会ったら
それが自分にとって良いものでも悪いものでも
私はまず「面白い!」と思います。
どうしても合わないと思ったら 
そっと離れればいい。

私も若くて未熟な頃はもっと攻撃的だったと思う。 
でも、年を重ねてうんと丸くなりました。
平和主義者だから攻撃はしない。
否定もしない。
私はただ、違いを面白がるだけです。

それに、言葉は言霊だから
毒を吐くと自分がその毒を浴びます。
目には見えなくてもネガティブなパワーを
自ら浴びることになる。

魂はなるべくピュアにしておいた方がいい。
そしてなるべく穏やかな気持ちでいることです。  


18 mai 2016


夕べ、おかしなことがありました。
お風呂から出て本を読んでいたら、
突然硫黄の臭いがしたのです。

私の嗅覚が壊れたのか
家の中なのに硫黄の臭いがします。
そんなわけないよね。
でも、確かに臭う。 

そこでふと思い出したのが
「スーパーナチュラル」という海外ドラマ。
イケメン兄弟が悪魔と闘う荒唐無稽な物語ですが
その中では、悪魔が出て来る時に
硫黄の臭いがするのです。

私の世界には悪魔はいませんから
硫黄の臭いはそれとは関係ないのだけど
こんなことは初めだったので
少し気になりました。

そういえば、広島で起きた崖崩れの前に
硫黄臭がしたと聞いたような気がする。
まさか隣の家が落ちて来るんじゃないでしょうね。
我が家は切り土で隣の家の1階がうちの2階です。
もし崖くずれがあったらうちは潰れる。

それとも地震の前兆?

臭いは暫くすると消えてしまいましたが
気になってググってみたら
異様な臭いを感じるというヤフー知恵袋の質問に
こんな回答が載っていました。

温泉地でもないのに硫黄の臭いを感じるとしたら
考えられるのは2つ。
①何らかの「幻臭」を感じている
②あなた自身が臭いを出している

あはは~、臭いのは私か? 
いえ、そんなことはありません。
今お風呂に入ったばかりだから。
それに入浴剤は「○○の湯」とかじゃなくて
クナイプのバスソルトだし。

結局、原因は不明のままですが
その騒ぎの影響か 
私はアレックスの夢を見ました。
アレックスが死んで4年以上経ちますが
夢に出てきたのは初めてです。

私は夢の中でアレックスを
お散歩に連れて行こうとしていました。
アレックスは年を取った姿でしたが 
「お散歩に行こうか」と言うと
嬉しそうに目を輝かせました。

硫黄臭のお陰でアレックスに会えたし
なんだか得したね。


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17 mai 2016


母方は魔女の血筋なので
1家族に1人は魔女がいます。 

曾祖母は予知能力があったし
祖母も何かと強烈な人でした。

母は4人きょうだいの1番下ですが
母以外はそれぞれ何か力を持ってた。
一番強烈に霊感があった2番目の伯母の長女は
超能力者として防衛庁の仕事をしていました。

以前は幽霊が見えることが霊感の証明
みたいなイメージがあったと思いますが
親戚にも幽霊を見る人と見ない人がいます。

特殊能力にもそれぞれ得意分野があるし
魂のレベルというものもあるし
基本的に人は自分が見たいものしか見えない
ということになっているからです。

幽霊をしょっちゅう見る人は
「この場所気持ち悪い」って
陰の場所にも反応します。
そういうものを無意識に探してしまうのです。

場所には良い悪いはないのだと思う。
合う、合わないはあると思うけど。
すべてはエネルギーのバランスです。

例えば、溜池にある地下の薄暗いテナント。
ここに陽のエネルギーの人が出店したら
きっと失敗します。
でも陰のエネルギーの人なら上手くいく。

陰陽のどちらが良くてどちらが悪いのでもない。
月があって太陽がある。
女がいて男がいる。
良い悪いではなく、ただの違いです。

因みに私は幽霊を見たことがありません。
そんな恐いもん、見たくない。
私の世界には幽霊は存在しません。
あるのは人の思考や思いの残像であって
人が魂と呼ぶような情緒的なものではない。

臨死体験したからそう思ってるけど
それも私が見た私の世界の中の臨死体験。
絶対的なものなんてないから。



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16 mai 2016


久しぶりにハニーに会いました。
もう会わないつもりで別れを告げたのに
またしても失敗して
私たちはこうして会っています。

ほんの1時間程、彼の職場から家まで
ドライブしただけだったけど
彼はずっと私の手を握っていた。
大きくて温かい手。

「一緒にいると落ち着く」
と彼が言いました。
「うん。落ち着く」
と私も言いました。

私は、身長が188センチもある大の男の彼を
小さな子供のように感じました。
人混みで逸れてしまわないように
ぎゅっと手を繋いでいる子供みたいに感じた。

そして突然、閃きました。
「私はこの人と前世で姉弟だったのかもしれない」
ああ、きっとそうだ。
あの、魂が引き裂かれるような悲しみは
10年前に感じたものと同じでした。

私が前回泣いたのは10年前、
娘が当時付き合っていた彼と別れた時でした。
とても不思議な感覚だったのですが
私はその彼と前世で親子だったとわかりました。
そういうのって魂でわかる。

私はやっと巡り会えた息子と
また無理矢理引き裂かれるような気持ちになり
別れたのは娘なのに子供のように号泣し
ひどく落ち込みました。

あの時と同じ種類の悲しみを
私は10年ぶりに味わったのです。
そして久しぶりにハニーと会って感じた
「落ち着く」という感覚は
血の繋がった身内に感じるようなものだった。

それは、
何十年も付き合った元の夫にも感じたことがなく
大好きなダーリンにも感じたことのない
とても懐かしい感覚でした。

なんで今まで気付かなかったんだろう。

彼は年の離れた弟で、私は彼を必死に守っていた。
彼の手を引いている私の絵が浮かびました。
いつの時代か、どこの国かはわかりません。
でも日本ではない。中東かもしれない。

そうか、そうだったんだ。
私は、妙に納得してしまいました。
それじゃ仕方ないな。


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15 mai 2016

kingyo

数日前、西武渋谷店で開かれている
金魚絵師・深堀隆介さんの展覧会
「金魚養画場~鱗の向こう側~」の
メディア向けの前夜祭へ行きました。

深堀さんは、2000年のスランプ時に
7年間飼っていた金魚に初めて魅了され
以来15年間金魚の作品ばかりを制作している
一風変わった作家さんです。

前夜祭では目を見張るようなライブ制作もあり
私も金魚の魅力に取りつかれて帰ってきました。

役得でチケットを貰ったので
昨日、金魚好きの友だちに持って行くと
ちょうど金魚のことばかり考えていたと
奇妙なシンクロを打ち明けられ
チケットをとても喜んでもらいました。

私たちはその足で浅草の三社祭に行きました。
お祭りといえば金魚すくい。
完全に金魚モードに入っている私たちは
ノリで金魚すくいをして
それぞれ1匹ずつビニールの袋に入れてもらい
ニコニコとご機嫌でその場を離れました。

実は、その後私たちは若冲展を観に
上野へ行く予定でした。
でも、金魚を持って展覧会に入れるのだろうか。
後先を考えずに行動するコンビは
結局若冲展を諦めて家に帰ることにしました。

金魚には、友だちが
「三ちゃん」と名前を付けてくれました。
三社祭の三ちゃんです。
三ちゃんは、水連鉢の中に放すと
元気に泳ぎ始めました。

さて、今日になって
友だちが金魚の画像を送ってきました。
金魚すくいで取ったのは1匹なのに
なんと3匹写っています。
あ、1匹じゃ寂しいから増やしたんだ。

俄かに三ちゃんが不憫になり
私も近くのペットショップへ行き
三ちゃんと同じ和金を2匹買いました。

家に帰って水連鉢に放すと
金魚は元気いっぱいに泳ぎました。
よしよし。
でも、もうどれが三ちゃんだか
わからなくなってしまいました。

よーく見ると、以前放しておいたメダカが
巨大化した姿で泳いでいます。
意外と環境いいんじゃないの?

金魚、飼っちゃった。
なんだか、すごく嬉しい。

深堀さんの展覧会では
金魚のグッズも売っています。
そこで売られていたTシャツが
私は気になって仕方ないのです。

冷静に考えたら「何処へ着ていくの?」
という絵柄なのですが
何とも可愛いのだよ。

明日仕事帰りに寄ってみよう。
で、もう一度見て欲しかったら
買っちゃおう。
なんならパジャマにすればいいし。

金魚病に感染した私は
なんだか1日金魚のことを考えています。 


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14 mai 2016


ぷかぷか浮かびながら考えました。

シアワセの素って
きっとちっぽけなものなのです。 
だからうっかり見過ごしちゃうのかもしれない。

或は、大き過ぎて目に入らないか。

いつか、七里ケ浜で初めて富士山を見た時
「ほら、あそこ」と言われたのに
「どこ、どこ?」って全然見つけられなかった。

自分の中で想定していた富士山のサイズは
もっとずっと遠くて小さかったのです。
そのサイズで探すと目の前にあっても見えない。
実際の富士山は私の想像より遥かに大きかった。

目の前にどどーんと聳えているのに
まったく目に入らないなんて不思議だったけど
そういうものなのだと思う。
探しているものが想像と違う大きさだと見えない。

だから、自分の世界も
時々引いてみないとわからなくなっちゃう。

ぷかぷか浮かんでいると、
そのマクロの世界が見えます。
自分が元々シアワセな存在なのだということを
感じることができます。

同時に、ミクロの世界もよく見えます。
そして、辿り着くのはいつも「知足」。
シアワセの素はいつだって既にあるんだなぁ。

私は仕事柄
小さなネタを膨らませて大きく書くのが得意です。
同じように、小さなシアワセの素を膨らませて
自己満足するのも得意です。

そして退屈が嫌いだから
いつも何か楽しいことを探しています。
そうすると、いつも思うんです。
世の中には美しいものや興味深いことが
いっぱいあるなぁ、って。

今日は若冲を観に上野へ行ってきます。


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13 mai 2016


シアワセの基準って
どんどん変化していくなぁって感じます。

もちろん、生きていれば環境は変化していくわけで
20代と50代ではシアワセの基準は違います。
極端な話、1時間前の私と今この瞬間の私では
その基準が違ってたりします。

シアワセを感じた瞬間は数えきれない程あるけど
不思議と「あの時に戻りたい」とは思わない。
思い出より現実の方がフレッシュだから
どんなにシアワセだった過去も
今感じているシアワセには叶わないのね。

だからいつでも今が一番いいということです。
そう感じながら、
私は宇宙の大河をぷかぷか浮いています。
ああ、いい気持ち。

自分をニュートラルな状態に戻したい時
私はこんな風にぷかぷか浮かぶ自分を想像します。
両手両足を広げて仰向けに浮かんでいるイメージ。
瞑想と似ているのかもしれません。

それはビジュアルとして私の頭の中にあって
私はいつでも何処にいても
自由自在にそこに行けます。

久しぶりに感情をシェイクされて
私はある種の心地よさを感じています。
実はあの翌日、ハニーったら今度は私を怒らせた。
私を泣かせたり怒らせたりするなんてスゴイよ。
私、本当に悲しみや怒りを感じない人だから。

でもって、久々に感情を爆発させたら
高熱を出した時、蓄積した重金属が燃えるように
なんだか悪いものを燃やしたみたいにスッキリした。

でも、こういう感情はクセになると厄介なので
またニュートラルな状態に戻そうというわけです。

もちろん、泣いたって怒ったっていいんだけど
それって物凄いエネルギーを使います。
私は省エネタイプなので
なるべくそこに使う分のエネルギーは温存したい。

だから、ぷかぷか浮かぶのよ。
ああ、いい気持ち。 



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12 mai 2016


このように、愚かな私は
思いがけず湧き上がった思いに揺さぶられ
迂闊にも通勤電車の中で涙を流し
久々に味わう悲しみという感情の波に
どっぷりと浸かったのでした。

私は自分で思っていた以上に
ハニーが好きなのだと気づきました。
そして久しぶりに感じた悲しみは
心が引き裂かれる時の痛みでありました。

しかしながら、
私は喜びも悲しみも一歩引いたところから眺め
自分の頭の中で展開される自作自演のドラマを
客観的に鑑賞できる体質です。 

演者になったり観客になったりしながら
ある時は振り回され、
ある時は冷静に観察し、
でも決して自分の中心が動くことはありません。

それでというわけではありませんが
私は昨日、仕事帰りにケビン・コスナーと 
ル・シネマに映画を観に行きました。 
そのことはハニーにも話してあります。

映画は風変わりで難解でしたが 
ケビンと私はその後、
お洒落な和食屋さんで食事を楽しみました。
彼のチョイスはいつもセンスがいい。 

ケビンは本当に感じが良くて素敵な紳士です。 
グアム旅行の話を聞いたり
私が昨日観た展覧会の話をしながら
上質な大人のデートを楽しみました。

そう、彼は上質な人です。
安心だし一緒にいて心地良い。
食事の趣味も合うし、興味の対象も似ていて
同じものを同じように楽しめる人です。
彼と巡り会ったことは幸運だと言わざるを得ない。
普通に考えたらケビン1人に絞るべきです。

なのに、ハニーと私は今朝もSkypeで散々話し 
Let's keep each other no matter what is going on 
in your or my life...can you promise that?
と言われ、ついイエスと答えてしまいました。

でも、ハニーも私もわかっています。
その約束がいつか破られることを。
そして、その日はそんなに遠くないことを。 


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