4 septembre 2015


好奇心旺盛な友だちと一緒に
マヤ暦を教えてもらったことがあります。

私は何にでもすぐ飛びつくくせに
少しかじると満足してしまうので、
今ではすっかり忘れてしまいましたが、
自分に都合のいいことだけは覚えています。

私の使命は「伝えること」
キーワードは「流れに身を任せる」

おおお!
私はコピーライターです。
情報を文章に乗せて伝えるのが仕事です。
それに墨絵の先生でもあります。
墨絵の技術や表現方法を、これも伝える仕事です。

おまけに、私はもうずっと前から
宇宙の大河に流木のように浮かびながら
流れに身を任せて生きているという自覚があります。
ゆるゆると流れながら周りを観察して、
サインを見つけるとパッとつかむのです。

あってるじゃん!

そんな風に自分の使命に沿って生きていることを
「KINのごとく生きる」と言うそうです。
なんか、カッコイイ。

実は、コピーライターも墨絵も
私が自分で見つけて選んだものではありません。
コピーライターは、夫が新聞記事を見つけて
「面白そうだからやってみたら?」
と勧めてくれたものだし、
墨絵は伯母の勧めで始めたもの。

とはいっても
新聞記事には2000人の応募があって
その中の10人に選ばれたのですから、
元々素質はあったわけです。
墨絵をこんなに長く続けていられるのも、
それがぴったりハマっていたから。

流れに身を任せるとはそういうことです。
本当に自分がやるべきことは
案外人が運んで来てくれたりします。
そして私は、流れの中に見つけたサインを
見逃さなかったということだと思います。

そのように始めた2つのことは
私が私であるための大事な構成要素になりました。
「KINのごとく生きる」かぁ。
やっぱり、なんかカッコイイなー。



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3 septembre 2015


私の両親は、私が5歳の時に離婚しました。
母は三十そこそこで二人の子供を抱えて働く
シングルマザーになったのです。

私は私で、小さいながら環境の変化を感じて
哲学する子供になっていきました。

母には私が7歳の頃から付き合っている人がいました。
その人は2つ隣の駅に住んでいて、
3日と空けずうちに来ては
一緒に食事をしたりテレビを観たり、
時には旅行にも行ったりして 
まるで家族のように振る舞っていました。

でも、その人には妻子がいたのです。
それがね、ハニーと同じ職業なのですよ。

妹はその人を嫌って
「もう来ないで!」なんて言っていましたが、
私は、母も1人で頑張っているのだから
妹みたいに否定してはいけないと
小学生の小さな頭で思っていたのです。

2人の関係は、その人が70歳で亡くなるまで続いていて、
親戚もその人をまるで家族のように扱っていましたが、
私はそれを違和感を持って見ていました。

奥さんがいるのに。

その人が亡くなった後、
母は住み慣れた都内のマンションを突然売って
私が住む横浜に引っ越してきました。
思うところがあったのでしょう。

母とはそれまですごく仲が良かったのに
横浜に来てからはなんだかぎくしゃくして、
なぜ上手くいかないのか
自分でもわかりませんでした。

母は5年前にがんで亡くなりました。
眠っている母は妙に艶めかしくて美しかった。
それからしばらくして、
私は突然気づいたのです。

私は母が嫌いだったんだ。
母の生き様が嫌いだった。

口に出せる妹と違って、「いい子」だった私は
自分の感情を封印して我慢していたのです。
それが何十年も経ってから噴き出したというわけ。

私は、自分がベリーショートを好み
女性らしい服を着なかった理由がわかりました。
母に見る女の部分を嫌悪していたから
自分の中の女性性を否定していたんだ。
薄々気づいてはいたけど、
まさか母のことが嫌いだったとは。

もちろん母の全部が嫌いだったわけではなく
明るく前向きで頑張り屋だった母を
私は尊敬もしています。

そんなわけで、呪縛から解けた私は
今更ながら女性性を全開にしていますが、
いやぁ、長い間生きていると
自分でも気づかなかった自分と出会うものです。



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2 septembre 2015


私は、今でこそボブにしていますが、
20年くらいずっとショートでした。

ショートというのはエスカレートするものでして
何故かどんどん切りたくなる。
毎月美容室に行く度に短くなって、終いには
もうこれ以上切れない程のベリーショートになり、
それが定着して私のトレードマークになりました。

ショートが心地よいのは、まず楽であること。
シャンプーしてもすぐ乾きます。
犬みたいにブルブルッとしただけでいいくらいです。

そして、女性ウケが良い。
一見して男性に媚びないタイプだとわかるので
どんなタイプの女性にも受け入れられます。
女性の多い職場では、これは結構役に立ちます。
ほら、女性って嫉妬深いから
女っぽい人には無意識に敵意を持ったりするでしょ。

もちろん、男性に言い寄られることなどない。
人妻だったわけですから当然ですが、
仕事やプライベートで男性に会うことがあっても
要らぬ神経を使わずにお付き合いできます。
そうそう、スカートも穿いたことなかった。

服装や髪形は、自分が何者であるかの意志表示です。
自分がどうありたいのか、
人からどういう人物に見られたいのか、
あるいはどう見られたくないのか、
そういうのが全部外見に表れます。

私がショートだった頃の意志表示は、
 女性と仲良くしたいの。
 男性なんて、ふん。
という感じ。

私は同じ美容師さんにずっと切ってもらっています。
彼女はセンスが良いのでいつもお任せなのですが、
6年位前のある日、
「少し伸ばしてみない?」
と言われ、それで伸ばし始めました。
私より先に彼女が飽きてしまったのです。

前髪が伸びて、トップが長くなると
なんだかソフトな感じになって
娘たちにも「ガーリーでいい」と褒められ、
更に伸ばしてついにボブになりました。

するとですね、
気分がフェミニンになっちゃうのですね。
やっぱりカタチは大事だわ。

その頃は夫と別居中の上に
フランス語の先生に片想いしていたので
フェミニン全開、フェロモン全開です。
すると「男性なんて、ふん。」だったのが
「ウェルカムでございます」に変わります。

そうなると、不思議とモテるようになるんですね。
今までモテたことなんてなかったのに、
若い頃だってモテたことがないのに、
この歳になってモテ期が来るとはねー。
しかも狙った相手がちゃんと来ます。

ボブの意志表示は次のとおり。
「フランス人歓迎、日本人お断り」



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1 septembre 2015


広島に私より10歳以上年上の従姉がいます。
私の家系にはサイキックがたくさんいますが、
彼女は30歳くらいまでは普通の人でした。

ところが、ある日台所で洗い物をしていると
突然、夫が浮気をしている映像が見えたのです。
それ以来、色々なものが見えるようになりました。

誰かと話していると
従姉にはその人の身に起こることがわかります。
それで「こうした方がいい」と助言すると
そのお蔭で助かったという人が出てきます。
いつの間にか彼女のことを聞きつけて
遠方からも人が訪ねて来るようになりました。

従姉は、それを仕事にする気はなかったので
カウンセリング料などは設定せず、
「お気持ちで結構です」
ということにしていました。
すると、ある人は100万円持ってくるし、
ある人はベンツを奉納しようとする。
これではいけないと、慌てて料金を決めました。

そうこうするうちに
ある日、旧防衛庁から人が来て、
わけがわからないまま東京に連れて行かれました。

六本木にあった旧防衛庁の建物には
「道場」と呼ばれる場所があり
選ばれた人が特別な訓練を受けています。
従姉はそこで様々なテストをされ、訓練を受け、
特殊能力の扉を次々と開いていきました。

彼女はそれを「7つの扉」と表現しましたが、
7つ目の扉の向こうには、
普通の人では正気を失うほどの世界があるらしい。
ありとあらゆる情報が一気に入ってくるから
頭がパンクするという意味だと思います。

彼女は、その後暫くの間防衛庁の仕事をしていました。
もちろん特殊能力を使った仕事ですが、
具体的に何をしていたのかは知りません。
国家機密だから話せるわけはありません。

一体何をしていたんだろう。

まるで映画のような話ですが、
日本だけではなくアメリカもロシアも
ずっと昔から秘密裏にそういう人を養成しているのです。



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31 août 2015


そうはいっても、目の前にいる人は生々しい。
手を伸ばせば触れるし、
楽しいおしゃべりもできるし、
イチャイチャすることだってできるから
恋人がいることを五感で味わうことができます。

彼は、素晴らしく頭が良くて論理的な人です。
私は頭のいい男性に弱いんだな。
おまけにとても慎重なので、車の運転にはうるさい。
狭い道では、ゆっくり走っているつもりでも
「もっとゆっくり」と注意されます。
私が少しでも強引なことをしようものなら
大変な勢いで叱られます。
まるで教習所の教官のようです。

いつかも、行けちゃうけど待った方がいい
というタイミングで右折したら
"Crazy driver !!!"
と死ぬほど叱られました。

それがすごく怖くて涙が出そうだったけど、
その時に私が何を思ったかというと
「私のことを叱ってくれるなんて嬉しい!」
ということでした。
考えてみたら、私は子供の頃以来何十年も
誰かにあんな風に叱られたことがなかったのです。

私は、仕事で不在がちな夫との生活の中で、
大工仕事や家電などの配線、
高い庭木の剪定や重たい家具の移動など、
何から何まで1人でやっていました。
何でもできると思うから、行動の基準はいつも自分。
運転が多少荒くても誰も文句を言いません。

それなのに、ハニーは私を叱ったのです。
お父さんが子供を叱るみたいに。
なんて頼もしいの!
そして、なんて新鮮なの!
私は、彼が自分よりずっと大きくて強くて
頼りになる存在だと感じました。

男の人って、こんな風に頼りになるんだ。

私は、生まれて初めてそう思いました。
今まで誰かを頼りにしたことはなかったけど
自分より強い存在に守ってもらうのって
きっとこういう感じなんだ。
彼は188センチ、私は157センチ。
物理的にも大きさが全然違うのだから当然です。

そんな風だから、
彼を乗せていると緊張しますが
どこか身を委ねているような感覚もあり、
ドライブしている時には不思議な安心感があります。

後になって
「叱られて嬉しかったからもっと叱って」
と言ったら
「Mか?」
と笑われました。

うん、Mかもしれない。



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30 août 2015


友だちに真顔で言われました。
「彼のこと、本当に大丈夫なの?
無理してるんじゃない?」

え?何が?

私がハニーのことを
無理して割り切ろうとしているのではないかと
彼女は心配しているようです。
ほお、そう見えるのかぁ。
私の感覚は普通の人とはだいぶ違うからなぁ。

わかりやすく言うなら、
私はキャパがすごーく広いのです。
感情が大きく振れることはありません。

怒りの沸点は2000度くらいだから
ちょっとやそっとじゃ怒らないし、
仮にピキッときても怒りが5秒も持続しない。
悲しくて泣いたことなんて10年はないかな。
元々は感受性の豊かなタイプなのです。
でも、怒りと悲しみについては
今や呆れるくらい鈍感といえます。

でも、喜びの感覚には超敏感です。
小さなことで嬉しくなったり
くだらないことでゲラゲラ笑ったり
妄想してシアワセに浸ったり
自分の中にある世界が楽し過ぎるから
人のことなんて気にしていないのです。

だから、ハニーに対して
もどかしさとか苛立ちとか
悶々とした感情は一切湧きません。
ドタキャンされればガッカリはしますけどね。
第一、私は彼との未来を想定していません。
彼に彼女がいるとわかった時点で
私は彼を手放しています。
だから私は彼に何も期待していないのです。

彼に対してだけではありません。
私は自分以外の誰かに期待をしません。
自分に対してああして欲しい、こうして欲しい
こう思って欲しいとかね。
だって人の気持ちはコントロールできないのです。
そんなつかみどころのないものに期待して
一喜一憂するなんて意味がありません。

その代わり、私はいつだって
自分に思いっきり期待しています。
自分の可能性や夢がどんどん開けていくことを、
それが実現することを前提に思いきり期待しています。
だって、私は引き寄せの名人なのです。

その期待の中にFとの未来図があります。
お見合い結婚みたいなものだと思ってください。
まだ会ったことはないけど、わかるんです。
彼は穏やかで愉快で結婚相手として理想的。
私は、自分が思い描く彼との未来が
そのまま現実になることを確信しながら
そこへ向かっている自分を楽しんでいるのです。



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29 août 2015


去年離婚した夫からメールが来ました。
事務的な内容だったのですが、
以前と変わらぬ親しげな口調の中に
ちょっと他人行儀な表現が混ざっていて、
私は電車の中で思わず微笑んでしまいました。
別れても、私たちは良い関係のままなんだと思うと
なんだか嬉しくなりました。

彼とは13歳の時に知り合いました。
私たちの中学校では、毎年クラス替えがあり、
新しいクラスは始業式の日に体育館に貼り出されます。
その日、自分の新しいクラスを確かめに行くと
私の名前はC組の中にありました。

2年C組かぁ。

クラスのほかの名前をざっと見わたすと、
その中に夫の名前がありました。
私は彼のことを名前くらいしか知りませんでした。
まったく関心のない人だったのです。
でも、名前を見た途端にわかりました。
「あ、私この人と結婚する」

それ以来、随分長い間人生を共にしてきました。
だから、人生のどこを切り取っても彼がいます。
どのアルバムにも、もれなく彼の姿があります。
離婚した相手の写真を処分する人も多いでしょうが、
私はアルバムを触っていません。
だって、彼のを除いたら私のもなくなっちゃうもん。

この前、女優の友だちが朗読を聞かせてくれました。
初々しい高校生の恋人同士が通学路を歩く場面を聞いて、
俄かに大昔の自分たちを思い出しました。
高校生ではなく中学生の私たちです。
懐かしいなぁ。
よくそんな風に一緒に帰ったなぁ。
別れがたくて遠回りして。

高校生になったら、学校帰りにしょっちゅう
高円寺の 'Keyboad' という店で待ち合わせしました。
ハードロックをかけている店で、
そこで彼の親友に初めて会ったんだ。
17歳の時でした。
その彼とは、私も今でも友だちで、
彼の奥さんとは大の仲良しです。

大学時代は、夫の同級生といつもつるんで
踊りに行ったり海に行ったり旅行に行ったり。
それから就職して、結婚して、子供を産んで。
本当に、長い長い時間を一緒に過ごしてきたのです。

それでも、運命には賞味期限がありました。
私たちはいつの間にか別々の道を歩いていて、
でも、喧嘩したわけでも
いがみ合ったわけでも
嫌いになったわけでもなく、
ただ自然に私たちの物語が終わったのです。

懐かしいなぁ。
色々なことがあったけど楽しかったよ。
彼は新しい人と新しい人生を始めています。
私は私で、「フランス人」と騒ぎながら
こんな風に面白おかしく暮らしています。
私たちはまた同級生に戻ったのです。
こんなこと、滅多にないと思う。

本当に幸せなことです。



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28 août 2015


私が何故フランス人に決めたかといえば、
まずフランス語にグラッと来るから。
そして、彼らの味覚や感覚が好きだから。

それに、外国人だったらいつも
ぎゅっとハグしてくれたり
いっぱいキスしてくれたり
手を繋いで歩いたり
ベタベタできると思ったからです。
「今日もキレイだよ」
なんて言ってくれたりね。

私は、長い間自分の女性性を否定していたので
若い頃はベタベタするのが好きではありませんでした。
目指していたのは、さっぱりタイプの女。
きりっとして、男性に甘えたりしない
何でも自分でできる自立した女性でした。

でも、その路線は飽きちゃたんだよね。

だから、せっかく新しい恋愛をするなら
今まで経験したことのない感じでいきたい。
カウチで寄り添って映画を観たり、
彼の腕にもたれながら海辺を散歩したり、
そんな甘いラブラブな恋愛を
一度くらい経験したいと思ったわけです。

ところがです。

ハニーは全然ベタベタしないタイプなのです。
私が手を繋ごうとすると
「恥ずかしい」と嫌がるし、
期待していたような甘さはありません。
おまけに、私がいくらお洒落していても
見てるんだか見てないんだか
ちっとも褒めてくれません。
フランス人なのに。

なーんだ、つまんないの。

でもまあ、彼とは気が合うし、
望み通りの「イケメン・長身・フランス人」だし、
一緒にいるとハッピーなのだから
それで良しとしましょうか。

ある日、私は新しいワンピースを着て
彼とのデートに行きました。
一緒にランチをしながら数時間を過ごし、
別れた後にホームで電車を待っていると、
彼からメールが届きました。

「今日はありがとう。楽しかったよ」
そして、続けてこう言いました。
"By the way, you looked so nice today"

おおお!ハニーが褒めてくれた!
「初めて褒めてくれたね、嬉しいよ」
私がそう言うと、彼が言いました。
「いつもそう思ってるよ」
「ほんと?」
「ほんと」

そうか、彼はシャイなんだ。
いつもは歯に衣着せぬ物言いをするのに、
あんな大きな図体して、シャイなんだ。
だから直接言えないのね。

私は、ふっと笑ってしまいました。
テレて言えないのかぁ。
それじゃ、仕方ないな。



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27 août 2015


小学校1年生位の頃、
不思議な体験をしたことがあります。

その日、私は妹や近所の子たちと外で遊んでいました。
私が年長で、一番小さい子は3歳。
お昼ご飯を食べて少し経った頃だったから
時間は午後2時頃だったと思います。

突然、辺りが暗くなり始めました。
そのうち真っ暗闇になり、
小さい子たちは怖がって泣きました。
完全な暗闇で周りの家も畑も見えません。
私たちは何が起こったかわからずに
ひと塊になって怯えていました。

ふと空を見上げると、
黒い太陽の周りに光が輝いていました。
皆既日食だったのです。
子供たちはみんなでそれを見ながら
早く明るくならないかと思っていました。

どの位時間が経ったのか
そのうち辺りが明るくなりました。
西の空はきれいな夕焼けになっていました。

妹にも同じ記憶があり、
「あの時は怖かったよね」
とよく話したものです。

ところが…

ずっと後になって
その皆既日食のことをネットで調べようとしたら

うそ!

その時期に東京で皆既日食などなかったのです。
でも、私たちは確かに見たのです。
私も妹も友だちも。
真っ暗闇の中に輝く太陽の光の輪を。

だけど、考えてみたら確かにおかしい。

数年前に日本で皆既日食があった時、
本物の皆既日食がどんなものか確かめました。
日食メガネが売り切れになったあの時です。

私の住む地域では部分日食でしたが、
沖縄か何処かの皆既日食の様子を
TVで見ていたら
日食って5分やそこらで終わるのですね。
それに、いくらなんでもあの暗闇はない。

私たちが体験した皆既日食は完全な暗闇でした。
それに相当長い時間でした。
だって、明るくなった時には
もう空は夕焼けになっていたのです。
数時間は経っていたことになります。

妹と時々話します。
「あれは一体何だったんだろうね」
きっと、私たちは違う次元にスリップしまったのです。
もしくは、宇宙人に誘拐されたのかも。

でも、それは永遠の謎です。



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26 août 2015


女たるもの、美しくなければいけません。
スッピンで外に出るなんてもっての外。

いや、たまにはお風呂上りに
コンビニに行っちゃうこともありますけど、
それだって私にはチョット勇気が要ります。

本当に肌の美しい人なら
ポイントメイクだけでもOKでしょう。
でも、私くらいの年齢になると
そんな人は滅多にいません。
だから私は毎日きちんとお化粧します。
ナチュラルメイクだけどね。

私にとってメイクは
場を切り替える魔法のスイッチなのです。
外出する予定のない日に
家でいつまでもスッピンでいると
気持ちの切り替えができなくてだらけます。

もちろん、
ダラダラ過ごす日があってもいいんですけど。

だから、「今日は墨絵を描こう」と決めた日は
誰にも会う予定がなくても、まずお化粧をする。

すると、あーら不思議。

プライベートの空間だったリビングが
絵を描くためのアトリエに変わります。
文章を書く時だってそうです。
メイクをすれば書斎に早変わり。
そうやって、私は場を切り替えるのです。

人の印象は5秒で決まると言います。

小ぎれいな恰好をした人に
とびきりの笑顔で挨拶されたら
「素敵な人だな」
と好印象を持ちます。

それとは逆に、
名刺交換をした相手が化粧っ気のない人だったら
私はその人の能力を疑ってしまうかもしれない。
相手に好感を与えるのも仕事のうちですから
それを怠っていればヤル気がないように見えます。

若い子たちはお洒落が上手です。
でも、本当はそんなにお化粧しなくてもキレイ。
逆に、ある程度の年齢以上になったら
自分をキレイに見せる努力が必要です。

キレイにすれば、
絶対に気分が上がります。
気分が上がればオーラが輝きます。
そうすれば、いい事が舞い込んできます。
美しいものは幸運を呼ぶ。
これ、鉄則ですから。



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