13 mars 2016


フランス人との恋愛ってどんな感じか
気になる人が多いかも。

そういえば、 
職場の昼休みに理想の男性の話になって  
「イケメンで長身で頭が良くて料理上手な 
10歳くらい年下の男性が理想」と言ったら 
理想が高過ぎると笑われました。 

ところが「できればフランス人」と言った途端に
「あ、それならアリかも」と皆が納得するので 
なんで日本人がダメでフランス人ならOKなのか
不思議に思いました。

分析してみたところ、 
日本人だとリアル過ぎて想像ができるけど
相手がフランス人となると想像ができないから
別の世界の話として納得できるのだろう
という結論に達しました。

「おほほ、実はそういう人が既にいるんですけど」 
と喉元まで出そうになったのを押しとどめて 
「なーんちゃってね」と笑ってごまかした私。 
さすがに職場の皆様に言うのは憚られます。

さて、フランスはラムール(愛)の国ですから
私も実際に付き合うまでは妄想がありました。
簡単に言えば甘くロマンチックなイメージ。

でも、付き合ってみると意外と普通です。
フランス人って人前でベタベタしないし。
フランスには3回行ったけど
ラブラブの恋人たちを見たことないもんね。

甘いムードを期待していた私としては
なんかチョット拍子抜けしちゃうけど
若い子なら兎も角、いい歳した大人は
それらしく振舞うということでしょう。

ただ、レディファーストが身に付いているから
ちょっとした場面で気分が良かったりはします。
あと、電話を切る時や別れる時などには
必ず「ジュ・テーム」と言ってくれる。 
「ジュ・テーム」はシビれます。

でも、これはフランス人に限らず欧米人の習慣。
日本人でいちいち「愛してるよ」
なんて言う人はいないから
たとえ習慣だとしても愛の言葉は気持ちいいけど。

フランス人については色んな伝説があります。
絶対に英語を話さないとかケチだとか。

でも、私が知っているフランス人は皆英語を話すし
みんな全然ケチじゃない。
ハニーは外で食事をすれば必ず払ってくれるし
車で出かければガソリンも入れてくれます。 

これは人によると思うけど、
すごく情熱的かというとそんなこともない。
うちに来たからといって
毎回ベッドへ行くわけではありません。 

ある時なんて、しょっちゅう会っているのに
全然求めてこないから
「飽きちゃった?」って聞いたくらいでした。

彼が私に求めているのは
愛情のある普通の関係なんです。 

ハニーはおしゃべりで仕事のことや日常の様々を
なんでも話してくれます。
そういう話ができる相手は私しかいないんだって。

そんなハニーと今日は朝からずっと一緒にいます。
2週間ぶりなんだ。
2週間は長すぎると彼は言うけど
他の人と暮らしてるんだから仕方ないよね。



12 mars 2016


墨絵や書のお稽古に通っていた頃
お月謝はいつもその季節に合った
和紙の封筒に入れて渡していました。

毎回違う封筒に入れるのは結構大変だったし
そうしなければならない訳ではなかったけど
先生たちが喜ぶ顔が見たくて
銀座に行く度に鳩居堂や伊東屋で
きれいな封筒を探したものです。

今でもフランス語のお月謝は
和紙の封筒で渡しています。
それが長年の習慣でもあるし
フランス人のダーリンに日本の美しいものを
知ってほしいという気持ちがあるからです。

昨日、仕事で日本橋に行ったついでに
有便堂に寄って新しい封筒を見つけました。
今の季節にぴったりの富士山と桜の封筒。
このまま飾っておきたいくらいの美しさです。
これで3枚入り500円は安いと思う。

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このゴージャスな封筒は
本来お月謝用ではありません。
でも、こんなに素敵なものを
特別な時にしか使わないのは勿体ないと思う。

有便堂には他にも素敵な封筒がたくさんあって
もっと買いたくなってしまいましたが
ご無沙汰している人に手紙を書こうと思い立って
代わりに便箋と封筒を買いました。

お稽古事の在り方が変わる中
消えつつある習慣があります。
私たちは先生にお月謝を渡す時
必ず新券を用意したものでした。
大正生まれの先生たちは
そういうことにうるさかったのです。

面倒臭いといえば面倒くさいけど
先生を敬っている気持ちだから
そこを疎かにはできませんでした。

カルチャーセンターなどでは
お月謝は引き落としのことが多いし
例え個人の先生に教わるとしても
今時わざわざ新券を用意する人はいません。
そもそも、そんな習慣を知らない人が殆ど。

それでよいのだとは思いますが、
そういう小さな習慣がなくなるに連れて
先生に対する尊敬の念も
なくなっていくような気がします。

親子が友だちみたいになって
親子関係のバランスが変わったのと同じです。
何もかもカジュアルになっちゃったのよね。
でも、それも時代だから仕方ない。

かくいう私もダーリンには新券を用意しません。
彼は外国人だから必要ないと思って。
でも、きれいな封筒には勿論感激してくれます。

こうなると殆ど自己満足の世界だけどね、
きれいなモノが好きだからいいんです。 

      
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11 mars 2016


ハニーが、職場で色々あって
仕事を辞めるかもしれないと言いました。
彼が彼であるためにその仕事は必要です。

「どうするの?」と聞いたら
「ハワイで資格を取り直す」と言います。

彼はアメリカの免許を持っていますが
仕事をするには定期的に更新する必要があります。
日本に来て10年以上更新をしていないので
1からやり直すのと同じくらい大変らしい。

「資格を取ったら、どこで働くか決める」
彼はアメリカへ行くかもしれないと言いました。
日本の仕事のやり方が彼には合わないのです。
そうだね、アメリカへ行った方が
自分らしく働けるかもしれないね。

資格を取るにはうんと勉強しなくてはならないし
準備が整うまでには時間がかかります。
だからすぐにいなくなるわけではないし
本当にアメリカに行くかどうかもわからない。

でも、ハニーはいつか去っていく人なのだと
しみじみ思いました。

彼にとって国境を超えるのは何でもないことです。
そして、40代後半に差し掛かっても
新天地を求めることに何の躊躇もないところが
彼のカッコイイ部分でもあります。

彼は能力を発揮できる場所にいた方がいい。
だってあんなに勉強することが好きなんです。
私が文章を書いたり墨絵を描くのと同じように
彼にとって研究することは自分そのものだから。

恋愛なんてそれに比べたら大したことではないよ。

昔はあんなに安定志向だった私も
今では何でもアリになって
どんな変化にも動揺しなくなりました。

「私もハワイについて行っちゃおうかな」
と冗談半分で言ったら、
「ははは、いいねー」だって。

そんな日が来るかもしれない。
来ないかもしれない。
明日のことはわからないけど
今日私は彼が好きで、彼も私が好きで
今が幸せだったらそれでいいのだと思う。


      
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10 mars 2016


私がまだ30そこそこの頃、
器用貧乏であれこれ手を出す私は
書の先生だった伯母によく言われたものです。
「45歳までに自分の道を決めなくちゃダメよ」 
 
なぜ45歳なのかといえば
伯母が日本舞踊や俳句をやめて
書画の世界を選んだのがその歳だったからです。
伯母は、ずっと探し求めていた理想の先生と
45歳の時に巡り会ったのです。

確かに、45歳位から本気で取り組めば
20年経ったらそれなりにはなるでしょう。
65歳だったら、それから教えることもできます。
そういう暮らしが一番いいと伯母は思っていたのです。

伯母は素晴らしい才能の持ち主でしたが
身体が弱かったので2つ以上のことを
同時にするエネルギーがありませんでした。
だから選択せざるを得なかった。

私は体力があるし好奇心が旺盛なので
複数のことを同時にしたい。
でも、伯母の言葉が刷り込まれているから
1つに決められないことに罪悪感を覚えます。

私は伯母と姿形もよく似ていて
小さい頃からよく母娘に間違えられていました。
姿形が似ていれば書の線もそっくりなんです。
伯母には到底及びませんが、線質が似ている。

なので尚更、伯母は私に自分と同じ道を
進んで欲しいと思っていたんですね。

そして、NOと言えない私は
期待されると応えようとしてしまいます。
書は好きだし、伯母も大好きですが、
押し付けられた価値観がとても重かったのです。

伯母が突然亡くなったのは3年前のことです。
あの類稀な才能が消えてしまったのは
本当に悲しく残念なことでしたが、
呪縛が溶けて私は自由になりました。

そして、自由になって改めて向き合ってみると
やっぱり書は楽しかった。
結局、これも一生の仕事になりました。


      
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9 mars 2016


若い頃、休日の予定を組むのに
友だちを優先させるか、彼氏を優先させるか
悩ましい思いをしたものでした。

あったでしょう。
友情を取るか、恋を取るかみたいなの。笑

そんな感覚はすっかり忘れていたけど
近頃はたまにそれに似たことで悩みます。
ハニーを取るか友だちを取るかってね。
大抵は友だちを選んじゃうけど。

少し前までは私に時間があったので
彼の都合に合わせて平日に会うことが多かった。
1月の最後の週なんか毎日会ってたし。

それが、私の仕事量が増えたことで
平日に会える時間が少なくなり、
土日に彼が仕事で出かける時に
その前後の時間に会うことが増えました。

結果、土日のスケジュール調整が
大変になってきたわけ。
日曜日に朝食を一緒に食べる朝活も
その一環であります。

朝焼けを見ながらドライブするのは気持ちいいし
「おはよう」と朝の挨拶をするのは
特別感があったりします。
それに、朝活をすると1日を有効に使える。
午後友だちと約束できるからね。

で、これも久しぶりに思い出したのですが
20代の頃の私はよく思ったものです。
こうやって時間をやりくりしながら外で会うより
一緒に住んだらどんなに楽で素敵だろうってね。

でも最近の私はちょっと違います。
独り暮らしの気楽さにすっかり馴染んだせいか
時々思うんです。
誰かとずっと一緒にいるより
好きな時に好きな人と会う自由の方が
もしかして素敵なんじゃないかって。

別に結婚願望があるわけじゃないし
誰かに養ってもらおうと思ってるわけじゃない。
単純に1人より2人の方が楽しいかな
と思ったわけで。
でも今でも十分楽しいのよね、困ったことに。

それに、一緒に暮らしているのに
1人で出歩いてばかりだと
相手に悪いって気を使ってしまうかもしれないし
誰かがいる横で墨絵を描くのもやりにくい。

まあ、この件については深く考えず
適当に流しておこうと思います。
いつか誰かが現れて熱烈プロポーズされたら
その時にまた考えることにいたしましょう。


      
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8 mars 2016


「公募展に出そうと思ってるんだ」
友だちに墨絵を見せました。
彼女は絵画を扱う仕事をしていたので
プロの目にどう写るのか聞きたかったのです。

その絵は2年以上前に展覧会用に描いたもので
まあまあの出来だとは思っているのですが
展覧会自体がなくなってしまったために
宙に浮いているのです。

28年も墨絵をやっていても
公募展に出すことを考えなかったのは
公募展自体に興味がなかったこともあるけど
それ以上に会の展覧会で手一杯だったからです。

でも、今はその展覧会もないし
せっかく描いた大作を埋もれさせるのも勿体ない。
それでとりあえず応募書類を申請し
昨日それが届いたところでした。 

友だちはその絵をちらと見た後
リビングに掛けてある別の絵を指して言いました。 
「それも好きだけどね、これすっごくいいと思う」 

それは、去年の個展に出したもので 
夜明けの海と雲を描いた絵でした。 
自分でも今までで一番気に入っているもので
どうやって描いたかわからないほど
墨の濃淡がきれいに出ているのです。
コレがその絵。

image

きっと余程良い気候の時に
良いコンディションで描いたのです。
そういえば、あの頃はスイッチが入っていて
夢中で何枚も描いていたもんね。

彼女は絵に手をかざすと目を丸くして言いました。  
「うん、感じるよ。これを大きく描いてみたら?」
そう、この絵ってエネルギーが高いのよね。

でも、これをもう一度描くの?
どうやって描いたか忘れちゃったよ。
これを3倍の大きさに描くなんで出来るかなぁ。

しかし、考えてみたら
手持ちの絵をそのまま出すのも安易だし、 
この際アーティスト魂を出して描いてみるかな。
友だちにそそのかされて、その気になりました。

気候が良くなったことだし
本気出してみるか。


      
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7 mars 2016


職場でボッティチェリのチケットを貰いました。
読者プレゼントが美術館のチケットの時は
役得で貰えることがあるんです。
早速友だちを誘って観に行きました。

ボッティチェリは好きな画家です。
中世の画家は皆宗教画を描いているけど
その中でもボッティチェリはダントツにいい。
色使いが美しくて人物の表情が豊かで柔らかです。

絵って本当に性格が出るなぁ、と思います。
ボッティチェリは明るくて愛に満ちた人だったはず。
彼の性格の明るさが色に表れているし
愛情深さが人物の表情に表れています。
観る人を幸せな気持ちにするオーラがあります。

それに引き換え、師匠のフィリッポ・リッピは
色が暗くて気難しい印象です。
描かれる人物の表情が乏しいのは
人に興味がないか、人嫌いだったからかも。

その息子でボッティチェリの一番弟子だった
フィリッピーノ・リッピは父親よりはずっと明るく
新しいことを試みる好奇心もあったけど、
父親譲りの気質でやや陰気です。

なーんてことを想像しながら絵を観るのは楽しい。
私は気に入った絵があると
心の中で「売約済み」の赤いシールを貼ります。
今日も何点かお買い上げしました。

名画は、やはり実物を観るべきです。
作品の大きさや質感を実感したり
実物だけが持つオーラを感じたりできるのは
展覧会でしか味わえない醍醐味です。

今日はもう1つ、偶然通りかかった
甲骨文・金文ばかりの書の展覧会も観ました。
これがまた面白かった。 

この会を主宰する加藤光峰さんは
書表現の全く新しい地平を開拓した第一人者。
どこの会にも属さない孤高の芸術家です。

亀甲文や金文は最も古い文字なので
ほとんど絵のような感じで、なんか宇宙的。
字ですから決まりはありますが表現は自由、
書いた人の解釈によって如何様にもなります。
とても新鮮で私も書いてみたくなりました。

「いやー、アートはいいね」
と話しながら表に出ると、
公園の真ん中では何やらイベントをしている。
近づいてみると、芸大の学生や卒業生が
手作りのアクセサリーなどを売っています。
ちょっとー、誘惑が多いわ。

上野のお山、楽し過ぎる。
またお天気のいい日に遊びに来ようね。

 
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6 mars 2016


NHKの「助けて!きわめびと」は
視聴者の色々な悩みを
その道のプロが解決する番組です。

今週は「おとなの色気って?」というテーマで
美容家IKKOが出ていたので
なんとなく見てしまいました。

その中で、IKKOが相談者の女性を
「池田」という有名な時代着物の店に案内して
着物を着せるシーンがありました。

相談者の女性は明るく元気な人なのですが
確かに色気はありません。
ところが、着物を着せてもらっているうちに
今まで見せたことのないような
大人の表情に変わります。

その後、IKKOと2人で着物姿で外を歩くと
今まで気づかなかった物に気付きます。
着物を着ると見える景色が変わるんですね。

着物にはそういうマジックがあります。
私も着物は好きなのですが
着物を着ると立ち居振る舞いが変わります。
当然大股では歩けないし、動作が緩やかになる。
物を取る時は自然と袂に手を添えるし。

だから、普段はせっかちで全然色気のない私も
着物の時は多少色気があるのかな、と思います。
普段のおバカな会話も憚られます。

色気のある人を思い浮かべると、
共通するのはゆっくりと落ち着いた動作と話し方。
色気というと何か嫌らしい印象もあるけど
本当に色気のある人は知的で上品です。
語彙力が高く感受性が豊か。

壇蜜も話すと知的ですもんね。

露出度が高い服を着ているということではなく
そこはかとなく漂う色気。
そういうのが大人の色気なんだろうと思います。
そして、そういう人は人間的にも魅力があるから
異性にも同性にも好かれる。

人に限らず、モノでも建築物でも
色気のあるものは魅力的です。
ただ美しいだけ、ただ形が整っているだけでは
どこか物足りなくて面白くない。
そこに色気が加わって完成するのだと思います。

「色気」という言葉には
愛嬌、愛想、面白味、風情という意味があります。
結局その部分なんでしょうね。
優しく包み込むような緩やかな雰囲気。

私もそういう色気を身に付けたいなぁ。
ああ、久しぶりに着物を着たくなりました。

 
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5 mars 2016


久々の営業活動です。
私が今回っているのは主に都内の百貨店で、
無料のパブリシティと有料の広告の両方を
案内しています。

無料のものはモチロン断られないけど
広告は相手の予算もあるので簡単にはいきません。
でも、担当者に会って媒体の説明をしたり
売り込んだりする作業は楽しくて
私って営業が好きなんだな、と改めて思う。

今、私は会社の看板を背負って
既存のものを売っているので、
ある意味気が楽です。 
売るものが自分そのものではないから
勧めることに迷いがない。

ところが、自分自身を売り込むとなると
これはなかなか思うようにはいきません。

私は墨絵アーティストでもありますが
展覧会で自分の絵を売りこむのは難しい。
自信作だと思っていても
どこかで自信がないんでしょうね。

教えるのが上手い自信があっても 
自分の絵をどう評価するかは難しいところ。
超自信作も人に評価されるとは限りません。
アートは主観的なものですから。

ある時期、続けて絵が売れると
ちょっと自信が出てきます。

するとスイッチが入って毎日描いたりする。
描けば描くほど自信がついて
プロの絵描きになる。
ところが、スイッチが切れて描かなくなると
途端に自信がなくなります。

音楽家でも画家でも役者でもきっと同じ。
たゆまぬ努力が必要で
だから皆1日に何時間も練習するのです。

墨絵は、物理的に毎日描くことはできません。
週末か、仕事のない週しか描く時間がない。
でも、週末は出かけることが多いから
結局描いても月に数回ということになります。
そして気が乗らないと良いものは描けない。

その点、文章を書くことに関しては
何の躊躇もなく「プロです」と言えます。
毎日仕事で書いている上にブログも書くから 
それこそ、1日に6~7時間は書いています。

こちらは、いつどんな依頼が来ても
一定のレベルのものを提供できるし
私の中には常にプロ意識があります。

結局、自信はそれに携わる時間と
比例するということなのだと思います。


 
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4 mars 2016


私はよく夢を見ます。
いつも何か楽しい夢を見ていて
自分の笑い声で目を覚ますことがあるのですが
内容はすぐに忘れてしまいます。

夢をコントロールできたら便利だと思う。
そうしたら会いたい人にいつでも会えるのに。
行きたい所にいつでも行けるのに。
でも、流石の私もそれはできないんだな。

以前、よくSMAPが夢に出てきました。
別にファンでもないのに全員揃って出てきます。
うちに遊びに来たり、一緒に山の別荘に行ったり
本当に親しい友だちなんです。何故?

買い出しにはいつも香取慎吾君と行きます。
何故かいつも彼がドライバー&荷物持ちなの。
他のメンバーはトランプをしたり
何か別のことをして待ってる。
そういう夢を何度も見たことがあります。

私、基本的に芸能人には興味がないんです。
それなのにSMAPが出てくるのが不思議でした。
娘に言わせると、本当は好きなんだろうって。
そんな自覚はないのですが
度々夢で遊んでると友だちみたいな気分になる。
最近はとんとご無沙汰ですけど。 

望んでもいないSMAPが出てくるんだから
ハニーとも夢で会えるだろうと
寝る前に一所懸命考えるんだけど
これはなかなか上手くいきません。
 
何とか夢をコントロールできないかと
毎晩実験しても全然出て来ない。
もしかしたら忘れているだけかもしれないけど。 

そんなことをしていると、
現実も夢もそう変わらないって気がしてきます。

夢の中ですごくいい事があると
起きた時、楽しい気分に包まれています。
でも、現実の私から見れば
それはただの夢の中の出来事なわけ。

でも、夢の中で体験したことは
夢の中の自分にとっては現実で、
実際に幸福感に満たされた状態で目覚める。
で、そこには確かに
「幸福感」という感覚が存在するのです。

こうなると、もう夢か現実かなんて
どうでもいい気がしてきます。
「マトリックス」や「インセプション」の世界。
楽しい夢を見ていられるなら、ずっと眠り続けて
そのまま死んじゃっても構わない気がするもん。

こんな感覚、私だけ?

 

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