4 février 2018

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40~50代になると、
お洒落してるのになんか違う
なんかオバサンっぽい
って感じることがありませんか?

この間まで似合っていたはずの服が
どういうわけか似合わなくなって
何を着ていいのかわからなくなった
というようなこと、ありますよね。
なんかシルエットが美しくないの。

それね、胸の位置のせいかもしれません。
胸の位置が下がると途端に
シルエットがオバサンっぽくなる。
なので下着の選び方が重要なんですね。
ニットを着たときはシルエットが目立つので
冬場は特に気を付けなくてはなりません。

特に胸の大きい人は要注意。
きちんと胸を包み込んで上げてくれるブラが
見た目年齢を若く美しく見せてくれます。

娘は私と違って胸が大きいのですが
楽なブラトップばかり着ていたら
30代前半なのにオバサン体形になってきた。
まして40~50代なら尚更。
楽な下着は絶対にNGなのね。

貧乳なら安心かといえばそうではなくて
貧乳なりにだらしのない体形になります。
私も最近は特にそう感じることが多い。
痩せてたって脇肉がブラからはみ出す。涙

以前はパッドの入ったブラは嫌いで
元々入っていたものも外して使っていましたが
今はしっかり付けています。
その方が胸の位置が上がって
服を着たときのシルエットがキレイだからです。

着物を着る人ならわかると思いますが
帯の位置が見た目年齢を決めるポイントになる。
顎から帯までの距離が長いと老けるんです。
おばあさんは帯を下の方に締めますね。

洋服でもそれは同じ。
顎からバストのトップまでの長さで
年齢の印象が決まります。
多少お腹が出ていてもウエストが太くても
胸の位置が高いとカバーできる。
だからブラジャーの役割って大事なんです。

補正下着なんかを買わなくても
サイズの合ったブラを着けるだけで全然違う。
なので絶対に試着が必要です。
見た目とサイズだけではわからないから
必ず売り場で試してから買ってね。



3 février 2018


「2月1日にお財布を下ろすといいらしいよー」 
友だちからラインが来たのは去年の12月。
その日は天赦日と一粒万倍日と甲子が重なった
まことに金運的に縁起の良い日だというのです。

彼女は友だちというより親戚みたいなもの。
付き合いが長くて似てきちゃったのか
マヌケ度が双子なんです。
縁起を担ぐのが好きなくせに揃って詰めが甘い。

七福神参りに行けば時間配分が悪くて
6つしか回れず六福神になっちゃうし、
パワースポットをお参りしたと思ったら
間違った場所だったり、
マヌケなエピソードは数知れず。

でも最近の私はちょっと違います。
去年の冬至には忘れずに穴八幡宮へ行き
一陽来復のお札を皆の分いただいてきたし
大晦日から元旦に変わる瞬間に
お札を正しい方角に貼った!
(去年は日にちを間違えました)

お財布を下ろす前に3週間寝かせると聞いて
「お金の元」という偽札束を調達、
1万円札を一番上に乗せ100万円の札束を作り
財布の中に入れて寝かせておきました。
さあ、あとは2月1日に下ろすだけ。

ところがだ、前の日まで覚えていたのに
当日の朝、通勤電車の中で気付きました。
「あー! お財布新しくするの忘れた!」

こういう場合どうなんだろう。
家に帰ってから中身を入れ替えても
そこからお金を払わないとダメなんだろうか。
それともお財布を替えた段階でOKなの?

どっちか分からないけど
もう家を出ちゃったんだから仕方ない。
そのまま1日過ごして
家に帰ってから中身を入れ替えました。
あんなにきっちり準備したのに
ホント詰めが甘いのよ。

そしたら翌日になって友だちからラインが来て
「財布下ろすの忘れたww」
ブルータス、お前もか。。。
もう大笑いです。

所詮、本気なわけじゃなく
あくまでも娯楽の範囲だからいいんだけど
どうして2人揃ってこうなんだろう。
どっちか1人しっかりしようか。

道は間違えるし、
思った場所に行けないし、
詰め、甘過ぎ。笑
でもまあ、こんな私たちだから
「萬(よろず)よし」なんだと思うわ。




2 février 2018

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おとといの夜は皆既月食でした。
スーパー・ブルー・ブラッドムーンだって。
青い月が見えると勘違いしていた人がいたけど
暦月の2度目の満月をブルームーンと呼ぶのね。

明るく輝く満月が徐々に欠け始め
やがてすっかり地球の影に入ると
ブラッドムーンという名にふさわしい
美しい赤銅色に変身します。

普段は光が反射して平たく見える月が
陰影ができて立体的になって、
月が球体だという当たり前のことを
この目で確認したという感じでした。

ぽっかりと浮かぶその赤い球体は
まさに宇宙の中に浮かんでいて、
地球もあんな風に浮かんでいるんだと思った途端に
一瞬ふわっと無重力になったような気がした。

月が赤くなるのは夕焼けと同じ原理で
赤い光が散乱されにくいという性質のため。
そんな理屈を知っていてもなお
赤い月という現象はちょっと不気味です。
昔の人が不吉と感じたのもわかるなぁ。

こういう宇宙のダイナミズムを目の当たりにする時
人間は宇宙の中の地球の中の
ちっぽけな生物なのだとひしひしと実感します。
同時に、この現象を動かしている宇宙の法則や
その向こうにあるもっと大きな何かに
畏敬の念を感じずにはいられない。

所詮、お釈迦様の掌。
満月のお願いとか、やっぱり滑稽だわ。

そんな天体ショーに続いて
昨夜からは雪というおまけが付いてきました。
自然は色々と素敵なものを見せてくれます。
大人的には雪は困るんだけど
こみ上げるワクワクを抑えられない自分がいる。

自然現象というのは
人の一番純粋で繊細でデリケートな部分を
刺激するんですね。
童心に帰る。 
そして童心に帰っているときが一番
宇宙と一体となっている気がするんだな。

                                                    
そして明日は節分。


1 février 2018


魂には、その長い旅の歴史が刻まれています。
魂の年齢は生まれ変わりの回数ともいえますが、
その経験値が今の自分にも影響を与えています。

目の前の人が古い魂か新しい魂かは
話していればなんとなくわかる。
魂の年齢だから実際の年齢とは関係なくて
3歳の子どもに古い魂を感じることもあれば
老人に若い魂を感じることもあります。

私は自分の魂が古い方だと自覚していますが
それは学習しなくても始めから知っている
と感じることがあるからです。
特に本質的なことについてはそうです。
まさに「魂が知っている」という感じ。

前世を覚えているかどうかの問題ではありません。
魂はそれぞれの命で経験し学びながら
ステージを上げていくのです。
偉くなるという意味ではなく
ピュアなものに近づいていくってことかな。

縁のある人は前世でも縁があったといいます。
私の親しい人たちはやはり古い魂が多い。
彼女たちはエジプトで奴隷仲間だったのか、
中世のヨーロッパで飲み友だちだったのか、
はたまた江戸の長屋でお隣りさんだったのか。

古けりゃいいというわけではないけど
若い魂より経験値が高いので
生きる上での知恵が豊富だったり
色々なことが器用にできたりします。
そして根っこの部分がどっしりしている。

スピリチュアルなことも
教わらなくても何故か知ってたりね。
何度も行ったり来たりしているんだから
魂に刻まれた記憶があるのでしょう。

今、友だちに教えてもらった
面白い本を読んでいるところです。



取材で前世が見える女性に会った著者が
「あなたはルネサンス期の美貌の彫刻家だった」
と言われたことをきっかけにイタリアへ旅立ち
時空を超えて前世の自分を検証する
スリリングなルポルタージュ。

私は自分の前世について
それほど興味はないのですが
この本はまるで『ダビンチコード』みたいで
次々と疑惑が証明されていくのがスゴイ。
お陰で睡眠不足です。

前世に興味のある人は多いけど
思い出さない方がいいことだってあります。
魂は次々と命を卒業しながら成長しているので
今この時を大切に生きることこそが大事。

それを承知の上で前世を知るなら
それはそれで面白いかもね。
この本を読んでそう思いました。



31 janvier 2018


ハニーは週末から体調を崩して
月曜日は1日寝込んでいたらしい。
「明日は行けないかもしれない」
「いいよ、無理しないで休んでいてね」

火曜日はいつもハニーのために空けてあります。
仕事も定休日にしてもらってるけど
体調が悪いなら仕方ありません。
私も来週インタビューする大学教授の本を
2冊も読まなくちゃいけないし、
ハニーが来ないなら明日は読書デーにしよう。

翌日、ゆっくり起きたハニーから
メッセージが来ました。
「まだ体調が良くない」
「ゆっくり休んで早く治した方がいいよ」
「うん、そうする」
「じゃあ、来週ね」

するといきなりハニーが言いました。
「やっぱり行く!」
「大丈夫なの?」
「来週まで会えないなんて嫌だ」
「じゃ、温かいスープを作っておくよ」

それで、大根と人参とエリンギと手羽肉で
和風ポトフを作りました。
昨日の残りのカジキマグロのトマト煮もあるし
サラダの材料はたっぷりあるし
彼の好きなパンも買ってあります。

今日は職場に行かなくていいんだって。
「お腹空いた―」と入って来た彼は
病人とは思えない食欲で平らげると
「お腹があったまった」と幸せそうな顔をします。 
"Happy?" "Yesss!"

それから徐に私のPCを開くと仕事を始めました。
預かっている論文を今日中にチェックするって。
私はその傍らで課題の本を読んでいます。
ハニーは時々私に話しかけては
「落ち着く」と言って仕事をしています。

お互いのことをしているだけなのに
目の前にいるだけで落ち着くよね。
こういうの、なんかいいよね。

コーヒーを淹れると、一口飲んだ彼が言いました。
「このコーヒーが飲みたかったんだよ。
  うちで淹れるのとは全然違うんだ」
私のコーヒーは評判がいいのよ。
自家焙煎の店で買っているからね。
それに私は濃い目に入れるから
それがフランス人の口に合うんだと思う。

ハニーは難しいところがあるので
時々彼の気持ちがわからなくなります。
でも今日みたいに体調が悪いのに
「50キロの彼方から来たよ」と言われると
愛されてるなぁって思う。

夕方まで一緒に過ごしたら
仕事をしただけなのに
2人とも満たされてしまいました。
これでまた1週間我慢できるね。



30 janvier 2018

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服飾の専門学校の外国人留学生が
先生によく聞くそうです。 
「日本人は何故ぶかぶかの靴を履くんですか?」 

ああ、わかるわぁ。その素朴な疑問。
若い子には多いですもんね。
カパカパのヒールを履いているのを見かけますが
あれでよく歩けると感心しちゃうもん。

彼女たちはメルカリや通販で安い靴を探すから
好きな靴を見つけたら
多少サイズが合わなくても我慢、
ということらしい。

あらあら、それはダメでしょう。
足は大事にしなくっちゃ。

足の裏の小さい面積で全体重を支えるのだから
正しいサイズの靴を選ばなければ
身体全体に支障をきたします。
靴は健康に歩くための道具。
サイズの合わない靴は絶対にダメよ。

日本人の足は幅広だと思われていますが
本当はそうではなくて
足裏のアーチが潰れて広がってるのです。
正しい靴を選んで足裏を整えると
脚の形まで変わるそうですよ。
自然と姿勢が良くなりO脚もX脚も治るって。

靴を疎かにしてしまうのは
日本人が基本的に裸足の文化だからです。
家の中では靴履かないしね。
なので靴の文化が成熟していないんですね。

欧米では子供の頃から靴の教育を受けます。
フランスでは最初に履く靴からオーダーだし、
ドイツでは小学校の授業で
靴の脱ぎ方・履き方を教えるんですって。

この前買ったヒールの靴、
初めて履いたときは足が痛くなったのですが
1度履いたら足に馴染んだのか
2度目からはとても歩きやすくなりました。

足の専門家が言うには、
靴を買ったらすぐに履くのではなく
徐々に慣らすのが正しいやり方だとか。
初日は10分、翌日に20分、次に30分、
それから1時間、2時間と
1週間くらいかけて慣らしてから履くんだって。

つまり最初は家の中などで足を入れて
体温で馴染んでくるのを待つのです。
それからちょっとコンビニまで履いてみる。
次に駅前まで買い物に行ってみる。

そんな風に少しずつ慣らして
自分の体の一部にするんですね。
足元が整えば姿勢が良くなり
正しい歩き方ができるようになります。
すると身体全体が整います。

靴ってお洒落だけじゃないのよね。



29 janvier 2018


私は時々無意識にチャネリングしています。
そうしてるんだろうな、という自覚があります。

それは誰かと話しているときだったり
絵を描いているときや何かを創っているとき
また文章を書いているときにもあります。

自分じゃないみたいに素敵な絵を描いたり
後になったら二度とあんなものできない
と思うような創作活動をしているときは
文字通り何かが降りてきている感じがします。

でもそういうチャンスは
意図的に得ることはできなくて
偶然降りてきたときに夢中で取り組むという感じ。
大体は集中しているときにそれが起きます。

友だちと何かの話題について話しているとき、
文章を書いているときにも
どこかに繋がることがあります。
難しい話題ほどそういうことが起きる。
いきなりアイデアや言葉がどこかから来るんです。
こっちの方が頻度が高いかな。

私が迷ったことがないのも多分
岐路に立ったとき自動的にチャネリングして
そのときに最適な道を選んでいたからです。
それはいつもまったく自覚なくやっていました。

でも。。。

もし好きなときに繋がることができたら
色々と便利だろうなぁ。
自分のことだけでなく
家族や友達の役にも立つかもしれない。

というわけで、
チャネリングのやり方を習っちゃった♪

チャネリングというのは
アカシックレコードと呼ばれる
人類の想念の図書館のような場所に繋がって
情報をもらうことを言います。

そこには地球に関することは何でもある。
もっと大きな宇宙のことは
また別の場所があるらしいけど
地球のことなら未来も過去もあります。

図書館と思って行くから
そのイメージが現れますが、
答えを見つけるにはちょっとコツがあって
柔軟な発想があるほど上手くできる。
それがなかなか面白いのです。

私は娘のことを調べに行きましたが
最初はコツがつかめず失敗。
でも次に行ったときには明確な答えが見えて
「こういうことか、これはいける!」
という手応えがありました。
私、才能あるかも。

チャネリングはサイキックパワーじゃないから
コツさえつかめば誰でもできるものです。
私みたいに無意識にやっている人も
結構いると思うわ。

まだ1回やってみただけだから
練習しなくちゃね。
お楽しみが増えちゃった。



28 janvier 2018


雪のせいで会えなかった代わりに
昨日の朝ハニーが来てくれました。
嬉しいよ、ハニー。

それに先立ち、雪の翌日の通勤電車の中で
「土曜日の午前中に会いに行くよ」
とメッセージを受け取って思わずニヤニヤ。

さらには、思いがけず木曜の夜遅くに
「声が聞きたかったから」
と電話まで架かってきて中学生のように喜んだ私。
夜電話が来るなんてレアケースですからね。

ホント、バカみたいだと自分でも思うけど
いくつになってもこの感覚は変わらないんだな。

楽しい事はほかにもたくさんあります。
友だちとおしゃべりしているときとか
買い物をしたときとか。
でも今一番シアワセを感じるのは
やっぱりハニー関連の出来事だったりします。
何だろうね、これって。

瞬間ハートから沸き上がる感覚。
小さい子どもを抱きしめたとき、
可愛いペットを抱っこしたときなど
どれも胸がキュンとするんだけど
恋愛のキュンはなんともいえないの。

麻薬だな。
実際オキシトシンやドーパミンなどの脳内物質は
麻薬みたいなものですからね。
誰かに好きだと言われたり
好きだと言ったりするのは最高の気分です。

そんな私はおよそひと通りのことを経験して
何かと気が済んでいますから
普段は気楽な独身生活を謳歌し、
たまにハニーと濃密な時間を過ごすのも
悪くないと思います。

でもまだ結婚したことのない人は
できれば一度は結婚してみた方がいい。
生まれ育った環境が違う人との暮らしは
どんなに好きな相手でも
楽しいばかりではないけれど
色んな意味で人間力が養われます。

もし子供を持ったなら
生まれて初めて自分より大切なものができます。
小さな命を守り育むには
忍耐力が要るし責任もある。
子供と一緒に成長することができます。

愛を注ぐ相手がいると心が安定します。
愛したり愛されたりすることで優しくもなれる。
やっぱりラブ、だと思うのよ。



27 janvier 2018


ある日、母から電話が架かってきました。
「マンション売っちゃった!
  そっちに引っ越すから
  賃貸の物件を見て来てくれる?」

はぁ???
何の相談もなしにマンションを売った? 
私は呆れ、同時に不安になりました。
母のお気楽な態度に腹も立ちました。

だって、実家のマンションはローンもなく
管理費と修繕積立費だけ払えばいいだけだし
母はその時自宅の目の前の会社で
事務のパートをしていたのです。
そこに住んでいる限りは生活の心配はない。

貯金もロクにないのに家を売っちゃうなんて
一体何を考えてるの?
収入がなくなって家賃が必要になったら
年金だけで暮らしていけるわけないじゃん。
なんでそんな簡単な計算ができないの?
母が70歳位のときのことです。

後でわかったのですが、
母が長年住んだ土地を離れる気になったのは
何十年もつきあっていた男性が
亡くなったことを知ったからでした。
練馬にいる理由がなくなっちゃったのね。

当時、娘たちの部屋が空いていましたので
「売っちゃったものは仕方ないからウチに来て」
それ以外の方法はないと思ったのです。
で、想像もしていなかった母との同居が
突然、私の上に降ってきました。

それまで母とは良好な関係でした。
週末に遊びに行ったり一緒に旅行に行ったり
普通に仲良くしていたんです。
別々に暮らしてたまに会う分には
まったく問題はありませんでした。

ところが、一緒に住み始めたらダメだった。
本当に、全然ダメだった。

私はこだわりが強くて母はがさつです。
B型同士でお互いに勝手に振る舞うから
私は母の一々が癇に障るようになってきました。
母は母で私をうるさい、疎ましいと思います。
私たちの関係は日に日に悪くなっていきました。

1年ほど経ったある日、
大事にしていた骨董の器を母が割りました。
「そんな高いものを買うからいけないのよ」
開き直ってそう言うのを聞いて私はブチ切れ
「やっぱり一緒に暮らすのはムリ」
母も言いました。「私もそう思う」

善かれと思って同居を勧めたことで
母も私も嫌な思いをすることになりました。
こんなはずではなかったのです。
仲良く暮らせると思ってた。

結局、母はうちの近くに
部屋を借りることになったのですが、
その時は傍観していた妹に思い切り非難された。
「自分で呼んでおいて追い出すなんて酷い!」
というわけです。

でも、母はうちから引っ越して1人になると
伸び伸びと楽しそうに生きていました。
ただ予想通り経済は苦しくなっていった。
マンションを売ったわずかなお金なんて
気前良く使っていたらすぐになくなります。

その後、母はガンを患い
2度目の手術の後うちの2階に戻ってきました。
妹は口だけ出すが手は一切出さず。
きょうだいというのも当てにならないものです。

何だかんだ言いながら
母のお世話をしたのは私でした。 
縁が深かったのかもしれません。



26 janvier 2018


そういえば、
ポールとのその後について。

体調を理由にして彼からのお誘いを
のらりくらりとかわしていた私ですが
少し前、ついにお断りのメールをしました。
ハニーのことをちょっと脚色して伝えて
もう会えないと謝ったのです。

彼からの返事にはこう書いてありました。
「正直に話してくれてありがとう。
  よくわかりました。仕方ないね。
  でも最後にもう一度会ってランチできないかな?
  インド出張のお土産を渡したいし
  僕も告白しなければならないことがあるんだ」

告白。
話すタイミングがなくて
何か言いそびれていることがあるらしい。
でも聞かなくても大体察しがつきます。
彼は去年離婚したと言ってたけど
実は別居中とかそんなことだわ、きっと。

彼の部屋をちらっと見たことがありますが
どう考えても6畳のワンルームは仮住まいです。
そこに娘と住んでいるというのも不自然。
一緒にいる形跡はあるけど
どこか無理やり感が漂っていました。

「どんな事情かは私に言う必要はないよ。
  誰にでも色々あるものだし、これでおあいこ。
  会ったばかりの人に全部を話さないのは
  当たり前のことだから」

実際そうです。
最初はみんな仮面を被っていて
本当の自分を見せたりしない。
様子を見て、相手を探って、
付き合っていくうちに徐々に明らかになるんです。
特に大人になればなる程ね。

だって長く生きていれば
あちこちに絡まった糸があって当然。
20年の結婚生活を解消するのは簡単じゃないし
まして子供がいる場合は複雑です。
ホント、一度になんか語りきれないわよね。

ポールが "confess" したい事情は
私の関心事ではありませんが、
せっかく買ってきてくれたお土産を
受け取らないのは失礼だと思ったので
ともかく2月の連休に会う約束をしました。

皆それぞれの人生を生きているんだ。
今までも、これからもね。
人間って面白い。


                                                    
自分には非凡なことも他人から見れば平凡。
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