16 janvier 2018


英語学習グループの発起人が
とてもいいことを書いていました。

どんなことにも言えるけど
何かに取り組むとき「気持ちをアゲる」というのは
とても大事なポイントになります。
その大前提として
毎日を健やかに過ごす気分が大切。

すなわち、
「生きていてシアワセ」
「人生は上手くいっているし、
  これからも上手くいきそう」
と思って毎日を過ごすことが
生きていく上での一番大切な土台だということ。

あたりまえのことだけど、
ここがちゃんとしていないと
すべのことがスムーズでなくなります。

健やかに過ごす、というのは
心身ともにということです。
元気でいつもご機嫌よくいられるということ。

ご機嫌でいるためには
目の前の出来事にいちいち反応しないことです。
メールの返事が来ないことに苛立ったり
ホームで人にぶつかられてムッとしたり
誰かに言われた何気ないひと言に傷ついたり。

そこで起きる感情はただの反応。
何でもなく通り過ぎていくはずのものに
反応しちゃうから不機嫌になる。
些細なことに反応しない鈍感力が欲しいよね。

誰かが自分のことをこう言っていた、とか
芸能人の誰々が不倫した、だとか
自分の魂が汚れるような
どうでもいいことを気にしないことも大事ね。

その上で、目指すことに向かって
無邪気に妄想できる人が目標を実現できるのです。
妄想できる=疑わないということだから。

たとえば英語学習だったら、
英語がペラペラで嬉しい、満足している自分を
イメージしながら学習に取り組む。

恋愛成就なら、
素敵な彼とラブラブな毎日を送っている
幸せな気持ち、満足感、喜びを先取りしながら
過ごしてみる。

仕事だったら、
その仕事で豊かになって
素敵な人に囲まれてイキイキ働いている自分、
理想の住まいで好きなものに囲まれて
満足して生きている自分になりきって
日々の課題に取り組むのです。

秘訣って、簡単で単純なものなのよ。
大人はなかなかそこに行けないんだけどね。



15 janvier 2018


眼科の待合室。
1人の女性が座って順番を待っていました。

年の頃は40前後だと思います。
濃紺の地に大人らしい花柄のワンピースに
黒いカーディガンを羽織っています。
足元は黒いタイツに黒のスニーカー。
なかなかお洒落です。

その女性がね、
2つ折りにした大判のハンカチを
膝に乗せていたんです。
ハンカチはセンスのいいプリントに
幅5センチほどのレースの縁取りが
付いています。

多分スカートが膝丈だったのでしょうね。
足はきちんと揃えられていましたが
それでも膝を隠す姿が
とってもエレガントに映りました。

私は普段あまりスカートを穿かないし
最近は実用的なタオルハンカチばかりで
薄手のハンカチを使っていません。

なので食事以外のシーンで
こんな風に膝にハンカチを置くという
発想すらなかったので
新鮮な驚きを感じました。

電車の中ではよく
短いスカートなのに足を開いていて
見ているこちらがヒヤヒヤするような
お行儀の悪い女性を見かけます。

それに比べてなんと美しい仕草。
眼科の待合室の片隅で
しゃんと背中を伸ばして優雅に座る姿に
女性の育ちの良さを感じました。

レディはああでなければね。
自戒を込めてそう思いました。

女性はきっと手を拭くためのものと膝用と
ハンカチを2枚持って歩いているのだと思う。
ハンカチにはシワひとつなかったから。
多分バッグの中も整理されているはずです。
でなければハンカチがシワになります。

そういうことまで一瞬にしてわかる。
だからこそ、見えないところに気を遣うって
大事なことなのですね。

私も素敵なハンカチを買おう。
そしてあんな風にハンカチを使おう。
心の中でそう決意し、
その足で駅前のデパートに向かいました。



14 janvier 2018


広辞苑の第7版が出版されて、
巷では辞書が話題になっています。

中でも面白いのがユニークな語釈で有名な
三省堂の『新明解国語辞典』。
 第4版の「恋愛」の項が笑えるんです。

「恋愛:特定の異性に特別の愛情をいだいて、
二人だけで一緒に居たい、
出来るなら合体したいという気持を持ちながら、
それが、常にはかなえられないで、
ひどく心を苦しめる
(まれにかなえられて歓喜する)状態」

合体!爆
恋愛は、常にはかなえられず
ひどく心を苦しめるものなのか?
まれにしかかなえられないのか?
どんだけモテないのだ?笑

これが第5版になると
以下のような表現に変わります。

「特定の異性に特別の愛情をいだき、
高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい
精神的な一体感を分かち合いたい、
できるなら肉体的な一体感も得たいと願いながら
常にはかなえられないで、
やるせない思いに駆られたり、
まれにかなえられて歓喜したりする状態に
身を置くこと」

これは「恋愛」というより
「恋わずらい」ではないのだろうか。。。
それにやっぱり常にはかなえられないんだ。笑
"合体" の文字がなくなったのは残念。

さらに第6版と最新版の第7版では、
「特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても
悔い無いと思い込むような愛情をいだき、
常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、
二人だけの世界を分かち合いたいと願い、
それがかなえられたといっては喜び、
ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった
状態に身を置くこと」

お、なんだかまともになっちゃったぞ。
でも、恋愛の現実には近づいたな。

因みに第1版ではこんな感じでした。
「一組の男女が相互にひかれ、
ほかの異性をさしおいて最高の存在としてとらえ、
毎日会わないではいられなくなること」

いやぁ、面白い。
それにしても、第4版の
「出来るなら合体したい」という表現。
第5版の「肉体的な一体感も得たい」などより
ずっと臨場感があると思うわ。
好きで好きで1つになりたくなる感じは
"合体" しかないでしょう。

正直、私は国語辞典というものを
もう何年も引いたことがありません。
多分大半の人がそうなのではないかと思うけど
わからない言葉はググっちゃうから。

でも『新明解国語辞典』は読み物として面白そう。
で、何十年かぶりにアマゾンでポチりました。
届くのが楽しみだわ。



13 janvier 2018

Louboutin_altadama140

ヒールのある靴を衝動買いして
嬉しくなって会社に履いて行ったら
たった7センチなのに足が痛くなりました。
しかもヒールは太い。

どこが痛いかといえば
まず1番体重が掛かる指の付け根。
あと、左足の親指と小指の外側。
これはまだ革が硬くて当たるからです。
こりゃマメができたな。

東日本大震災が起きる前は
5~6センチの靴を履くことが多かったけど
あれ以降、通勤では中で足指が自由自在に動く
ほぼフラットな靴しか履いていなかったのです。
いざという時に歩いて帰れるように。

フラットな靴を履いたときと
ハイヒールを履いたときでは使う筋肉が違います。
どうやらハイヒールのための足裏の筋肉が
完全に退化してしまったみたい。

私だって20代の頃は10センチ以上のヒールで
颯爽と通勤していたこともあったのに、
どうやって歩いていたのか今となっては不明。
いや、あの頃も足が痛いとは思っていたけど
やせ我慢して歩いていたんだわ。

ある調査によれば
ハイヒールを履いて快適に歩けるのは
1時間が限度とのこと。
それ以上になると足が痛いのをかばい
膝が曲がったり姿勢が悪くなったりします。
そうなるとカッコ悪いし体にも悪そうですよね。

そんな不自然な履物なのに
あの美しい横顔は女性を魅了してやみません。
実用的ではないし足は痛いけど
ハイヒールは女性にとって永遠の憧れ。
多分、男性にとっても。

正しい姿勢で美しく歩くことは
どんな靴を履いていても同じですが
特にハイヒールを履いたときは意識したい。

絶対に膝を曲げないこと。
膝を曲げて歩くくらいなら履かない方がマシ。
踵と爪先は同時に着地します。
さらに肩甲骨を寄せるようにして
腕を後ろに振ると姿勢が良くなりカッコイイ。

ハイヒールって慣れみたいで
普段でも10センチヒールしか履かない
という勇ましい知り合いがいます。
彼女は脚がキレイなのでハイヒールが似合うの。

私も7センチヒールくらい
いつでもスイスイ履いて歩けるように
足裏の筋肉を鍛えておかないとね。

そしていつかは
上の写真のような美しいハイヒールを
履いてみたいものです。




12 janvier 2018


そんなわけで
私はハニーの永遠の恋人になりました。
"なりました" というのは
私がそのポジションを理解したってこと。

ハニーは最初から
永遠の「恋人」を求めていたわけで、
出会った時に神様に感謝したと言ってたのは
探していたポジションにぴったりの私が
目の前に現れたからだったのです。

一緒に暮らしている彼女とは当時最悪の状態で
彼は癒しを求めていたのでね。
(それがわかったのは半年後ですが) 
彼には親しい友だちもいないし孤独だったのです。

彼女とは喧嘩ばかりしていましたが 
私に癒されたお陰で彼の精神状態は安定して
そういや最近は彼女と喧嘩したって聞かないわ。
 
私のポジションはそんな風に
最初から決まっていたのですが、
私がイメージしてたのは一般的なパートナー。
全然違う観点だったんだから間違えちゃうよね。

その認識の違いと彼が求めていたものが
4年以上経ってようやく
私の中で明確になりました。

私が別の人を探そうとするのを
悲しそうに見ていたのも、
どんなことがあっても追いかけてくるのも、
私が彼の大事な恋人だから。

彼女との生活は日常、
私は非日常、或いはもう1つの日常。
彼にはその両方が必要で、
それが彼が作りたかった世界なんだ。
ホント、フランス人だわ。笑

それなら私もハニーを
永遠の恋人と思っていればいいのです。
彼は私の永遠の恋人。
永遠の、というのは別れないという意味ではなく
ポジション的に永遠に「恋人」ってこと。

不満というのは
先のことを考えるから生まれるのです。
今私たちはお互いが好きで
一緒にいられる時間がハッピーなんだから
それでいいじゃんね。

私には1人の時間が必要だし
自分のスペースが必要です。
ハニーには「いつ引っ越してきてもいいよ」
と言ったけど、本当にそうなったら困る。
私が作ったこの素敵な空間に
ほかの人の色が付いたらちょっとやだし。

ハニーは私と一緒のときでも
常にPCに向かって作業をしています。
彼は研究者だから論文を書いたり読んだり
勉強したり絶え間なく何かをしているの。

そういう彼が好きなのですが
一緒に暮らす相手として楽しいかはわからない。
だから今のままが一番彼を好きでいられる状況
ともいえるのです。

私には望み通り
イケメン・長身・フランス人の恋人がいます。
永遠の恋人がね。




11 janvier 2018


今度の週末ポールに誘われていまして
私はどうしようかずっと迷っています。
ポールはいい人なんだけど
イマイチ気が乗らなくて。

気が乗らないならやめればいいのに
そこが優柔不断なところでして
何かこう、決定打が欲しいのよね。
決定打って、ハニーでなければならない理由です。

それでハニーに聞いてみたんです。
「私を独り占めしたい?」
ハニーは即座に「イエス!」と答えました。
「私がほかの人とデートしたらイヤ?」
「イヤだよ」
へえ、嫌なんだ。

私は彼を独り占めできないのに
随分ちゃっかりしてるよねえ。
「ホントにイヤなの?」
「イエス!なんで?」
ふーん、そういうものなのか。
「だってあなたはmineでしょ?」

そうか、私はあなたのものなんだね。
「じゃあ、あなたは誰のもの?」
「yoursだよ」
誰が誰のものとか変な話だけど、
そうだよね、私たち2人の世界では
お互いがお互いのもの。

こんなことを言うハニーって
いかにもフランス人らしいじゃないですか。
フランス人をオーダーしたのは私ですから
今更ジタバタしても仕方ないのです。

実際、私の
「いつも一緒にいてくれる人を探してやるぅ!」
という発作はとっくに収まっていて
別にハニーに不満があるわけではありません。
私たちは会えばいつでも仲良しだし。

なんかバカみたい。
だって私はいつだってシアワセなんです。
ハニーがいてもいなくても。
本当にいつだってご機嫌。無条件にね。

ハニーは私を更にハッピーにしてくれるけど
毎日一緒にいなくても困らない。
そりゃ、以前のように頻繁に会えれば嬉しい。
でも週に1度しか会えなくなったのは
私の仕事が忙しくなったからだし
恋人同士が会う頻度ってそんなものよね。

ハニーにとって私は永遠の恋人なんだわ。
そういうポジションなんだね。
それってある意味お得かもしれない。
一緒に暮せばいつかはマンネリになるし
見られたくない姿を見せることもある。

でも今のままなら会う度に新鮮。
彼がカギを開けて入って来るのを
私は毎回楽しみに待つことができるんです。
いつも腹八分目って案外理想的かもね。

毎度わざわざ自分の中に波風を立てて
結局ハニーに戻っていく私です。
ま、レクリエーションのようなものだからね。



10 janvier 2018


今年のキーワードは "LOVE" みたい。
新年早々周りの人たちが
こぞってラブモードに入っているんです。 

まだ "付き合っている" というわけではない、
でも上手くいきそうな予感がする、という
1番ドキドキわくわくする段階ですから
アドレナリンは全開。
一気にエネルギー値が上がります。

ハートチャクラも開いているので
とてもいい状態ですよね。
その勢いで色んなことに挑むと上手くいく。
他のことではこんなにワクワクできませんね。

エネルギーを上げるには
感情を動かすのが一番なんです。
自己啓発セミナーで大きな声で叫んだり
大袈裟に体を動かすのもそのためだけど
あれは無理やり感があってちょっと気持ち悪いね。

いつの世も女性の3大お悩みといえば
「美」と「お金」と「パートナー」。
これは永遠のテーマです。

中でも愛にはすごいパワーがあって
ここが解決すると後の2つも瞬時に解決しちゃう。
解決するというよりも
他のことが気にならなくなっちゃうのね。
友人の恋愛を見ていて再確認しました。

しかも自動的にキレイになります。
お洒落になって明らかにキレイになる。
なので、恋せよ乙女!です。

私も新年早々2度ハニーと会いましたよ。
いつもの如くウチでまったりする
おうちデートですけど、
彼が来るとウキウキします。

何かを与える相手がいて
何かを受け取ることができて
共有する時間があって
刺激と心の安定の両方があるのが理想ね。

それを保ち続けることができたら
いつまでも仲良しでいられると思う。
与えるだけでもダメ、受け取るだけでもダメ。
期待をせず今この瞬間のシアワセを味わうの。

そんな風にしているうちに
いつかお互いがなくてはならない存在に
なっていったらいいよね。

いつも言うように
愛されるからシアワセなのではありません。
自分の中に愛があふれているから
シアワセを感じるの。
その状態をキープしてね。



9 janvier 2018



シンギュラリティという言葉を知っていますか?
「特異点」という意味ですが、ここで指すのは
2045年に到達するとされる技術的特異点。

コンピュータ技術がこのまま発達し続けると
ある時点で人間の頭脳を超えたAIが誕生し、
そのAIが天文学的スピードで
テクノロジーを自己進化させ、
やがて予測不可能な世界がやってくるというもの。

勝手に自己進化を始めるAIは
人間が作る最後のAIでもあるわけですが、
その特別なAIが開発される瞬間を
シンギュラリティ=技術的特異点と呼びます。
計算上、それが2045年だというのです。

まるでSFの世界のような話ですが、
遠からずその時が来ることは間違いない。
2045年なんてすぐですよ。

人間が予測できない世界を勝手に作るなんて
人類にとってAIは夢の技術なのだろうか。
それとも悪魔の技術なのだろうか。

今ちょうど、参加中の英語学習グループで
「マトリックス」 を字幕なしで観る
という新しい課題が出ていまして
まさにそんな世界を味わっていたところ。

映画「マトリックス」の中で
人類はAIに凌駕され、支配されています。
現実だと思っていた世界は
実はシミュレーションの一部。

実際の人間は農作物のように管理されていて
体に繋がれた管から生体エネルギーが吸い取られ
それがAIの動力になっています。
人間は「生まれる」ものではなく
AIによって栽培されているという世界。

AI(人工知能)やサイボーグって、
遠い未来の話に思えるかもしれないけど
現実の、現在進行形の話です。
既にあらゆる分野で利用されているし
新しい技術は日々開発されています。

これが進んでシンギュラリティに到達すると
「マトリックス」のようにAIが暴走して
人類が絶滅に追い込まれたり、
支配されたりする可能性さえあるのです。
何しろ予測不可能なのですから。

そうでなかったとしても、
間違いなく多くの仕事がAIに奪われます。
AIは私たちより頭がよくて正確だし
ロボットやサイボーグは私たちより強くて速い。
人間の出る幕なんてありません。

便利を求める先には
そういう世界が待っているんです。
人間は便利な生活のために技術を開発することで
どんどん自分たちの首を絞めているんだね。

これからの子供たちには
人間でなければならない理由や価値を
身に着けておかないと仕事ないよね。

長女が生まれた1983年は
ファミコンが発売された年なんです。
あの時が1つの節目だった気がする。

モチロン携帯なんかない時代だけど
家の各部屋に子機がありましたよね。
個室と子機とゲームが日本を滅ぼすって
私は思ってたんだ。

子機がスマホに替わり、
ゲームにSNSが加わった今、
思った通りの展開になってるもんね。
私たちはすでにSNSの奴隷で
現実よりバーチャルな世界を優先しています。

AIの進歩があり、SNS中毒の私たちがいる。
準備は整ったという感じよね。



8 janvier 2018

image

七草も過ぎましたがお雑煮のはなし。

知り合いに食いしん坊の親子がいて
下北沢で色々な食のイベントを開催しています。
かなり本格的なイベントで
時々参加させていただくのですが、
松の内に島根のお雑煮会を開くというので
興味津々で出かけていきました。

お雑煮って本当に地方色が豊かですね。
母が博多出身なので
うちのお雑煮にはブリが入っていました。
ほかにもかまぼこやエビ、
ダイコン、ニンジン、コマツナが入って
賑やかなお雑煮だったな。

島根のお雑煮は独特です。
丸餅のほかは「うっぷるい海苔」という
地元産の岩海苔をお酒で柔らかく戻したものに
かつおぶしとユズが乗っているだけなの。
その岩海苔をお餅にからめていただくんです。

これが、めっちゃ美味しいの。
用意されたお料理はもちろんそれだけでなく
島根の食材を使った郷土料理が色々。
中央に三段重、銘々の席にも
陶器の蓋物が置かれています。
蓋のある物ってワクワク感がありますね。

銘々の蓋物には出雲大社よりパワフルといわれる
日御碕神社の御守りが置かれていました。
わお、嬉しい!

2018-01-06-13-04-11

二段の陶箱の中はこの通り。
蓋には足が付いていてそのまま取り皿になります。
これ、欲しい。

2018-01-06-13-17-08

中央の三段重の中にもご馳走が。
ブリの西京焼きと桜ごはん。

2018-01-06-13-26-05

ほかにはブリ大根の大根ときんぴら。
なますと広島菜のお漬物。

郷土料理だから素朴なんだけど
カラダが喜ぶものばかり。
お腹いっぱい食べても全然もたれない。

私は今年の手抜きおせちを大いに反省しました。
ちょっと手をかけただけで
こんなに美味しいお正月料理になるんだもん、
来年は真面目に作ろう。

デザートは数種類の紅茶&お茶に
手作りのカボチャプリン、バームクーヘン、 
それにシュトーレンです。
どれもこれも厳選された逸品で
本当に美味しかった。

食いしん坊を突き詰めてここまでできるって
私が持ち合わせていない才能です。
私が引っ越すとき、彼女と息子さんに
たくさんの器を譲ったのだけど
私が持ってるより遥かに役立つわ。

彼女は実家の裏の建物をリノベーションして
オーベルジュを作ることを計画中です。
来年の春オープンの予定なんだけど
窓からは注文されて私が墨絵に描いた
景色が見えるって。

願い橋の実物を見なくちゃいけないし、
出雲大社や日御碕神社にも行かなくちゃだし、
オープンしたら最初のお客さんになりたいな。



7 janvier 2018


私は計算ができないので金融は苦手です。
苦手な以上に金融資本主義というものに
生理的な嫌悪感があるんです。

巷ではビットコインの話題で持ち切りです。
6倍になるらしいなんて話も聞きました。
私もお金があったら買ってるかもしれない。
でも、何かが違うと思うの。

お金というのは本来
物を作りそれを売って受け取るものです。
提供した物の対価を受け取る物々交換が原点。
ものづくりの社会には共同体があり、
富を分かち合う精神がありました。
全体がうまくいってこその自分でした。

物づくりが行き詰まって金づくりの時代になり
新自由主義・金融資本主義といわれるようになって
世の中はどんどん悪くなっていきます。

お金がお金を生む金融資本主義は
自分だけが儲かればいい、
他人をどう出し抜くか、
というあざとい世界です。
誰かが儲かれば誰かが損をするマネーゲーム。

そんなこと気にしていたら取り残されちゃうよ
って言われるかもしれません。
でも、やなんだもん。
そういうの、魂が喜ばないの。

私は文章を書いたり絵を描いたりして
お金を稼いでいるアナログな人間ですから
まあ、ひと昔前の人種なんでしょうね。
でもさ、どこまでも人間でいたいと思うのよ。

今年はリーマンショックからちょうど10年目。
あれだけ痛い目に遭ったというのに
懲りないなぁと思っちゃう。

そもそも、永久に経済成長を求めることが
間違っていますよね。
そんなことあるわけないじゃないね。
上がったり下がったりするのは世の中の常。
それがバイオリズムというものだから。

江戸時代って、
実は緩やかに経済成長してたんですってね。
それを目標にしていたわけではないけど
みんなが創意工夫して頑張っていたら
自然と経済成長していた、という感じ。

それが本来の姿なんです。
なのに経済成長することを目標に無理をするから
色々なところにひずみが出るのです。
経済は成長したけど家族も社会もバラバラ。。。

文明の限界だなぁ、と思う。